プロジェクト・ビッグピクチャーのインパクトと不条理について

泥棒がたまたま火事場にいるんじゃない、火事場が泥棒を引き寄せるんだ。

リヴァプールのオーナーであるジョン・W・ヘンリー、マンUのオーナーであるグレイザー家、そしてEFL会長のリック・パリーが提案したプロジェクト・ビッグピクチャーのおかげで、日曜から大騒ぎになっている。

 

提案の内容は、こちらに詳しい。

www.telegraph.co.uk

 

ただテレグラフは英語だし、ペイウォールがあるんですよね。日本語でまとめたもの、そして再編案の当事者であるEFL(2部~4部リーグ)の現状をまとめた資料としては、下記が詳しい。

japanesethe72.blogspot.com

 

 

想定される金銭的なインパク

この案が通ったら(通らなかったが)、果たして実際どの程度の影響があったのだろうか。不確定要素もあるが、さくっと「Back-of-envelope」な計算をしてみたい。金額は18/19シーズンのものを使っている。

 

現時点でプレミア(EPL)→EFLに流れている金

  • パラシュートペイメント:£265m
  • ソリダリティペイメント:£106m 合計£371m

内訳:チャンピオンシップ(CS、2部)が£344m(93%)、リーグワンが4%、リーグツーが3%。

 

PBPが実行された場合のEFLへの収入

―)パラシュートペイメント £265m

+)放映権料 £3,000m x (25%-4%) = £630m

計)+£365m。

CSを例に取ると、このうち75%がCSに入るので、365 x 75% =£274m。1クラブ当たり+£11mの収入増加になる。

 

EFLへのインパクトの大きさ

  • パラシュートペイメントを受け取っていないCSのクラブの平均収入は£23mなので、+11mがあれば売上が約5倍に増える。
  • また、リーグ全体で人件費は売上よりも£52m高いという危険な状態にあるが、年間£274mの追加収入があればそれも埋まる。当期利益で黒を出すまでには至らないが、少なくともキャッシュフローを大幅に改善するだろう
  • よって、EFLクラブの大半がPBPに賛成だったというのも無理はない

f:id:sakekovic_14:20201015040409p:plain


 

プレミアリーグ側へのインパク

+)パラシュートペイメント £265m

―)放映権料 £3,000m x (25%-4%) = £630m

―)グラスルーツ分配金 £5,157m x 5% = £258m

計)マイナス £623m

上記は各クラブほぼ一律に拠出することになると想定されるので、1クラブ当たりの収入は約£35m減ることになる。

 

どれくらい痛いのか?

プレミアリーグ各クラブの収入を比べて見ると、大きく3つか4つのグループに分けることができる。

  1. ビッグ6(最も、マンUアーセナルの間にはかなりの開きがあるが)
  2. £200m-170mの中堅層(ウェストハムエバートン、レスター、ニューカッスルウォルバーハンプトン
  3. それ以下の降格予備軍 

f:id:sakekovic_14:20201015040319p:plain

ビッグ6にとって年間△35mのマイナスは年間6~9%の売上に相当するが、欧州カップ戦の出場如何で変動する額よりも小さい。ビッグ6のどこも、£35m引かれても人件費割れ(人件費引いた時点で赤字になる状態)しない。

ウェストハム以下はインパクトが大きい。年間18%~29%の売上減になり、14クラブ中5クラブは人件費割れする。また、PBP案では各クラブが年間8試合まで放映権料を独自に管理できるが、中堅以下層がこのアップサイドを取る難易度は高い。

 

よって、プレミアリーグの上位層には影響は小さく、かつ(A)放映権料の分配における順位の比重が高くなること、(B)ルール変更のアップサイドを取りやすいことから、プレミアリーグ内での収入バランスは上位層に集中するのではないかと予想される。

 

 

 

PBPのおかしい点

サステナビリティのために下部リーグへの分配を増やす」ということと、「プレミアリーグのガバナンスを上位クラブに集中させる」ということは、全然関係がない。全く違う2つの話が、トレードオフとしてプレートに載せられている。「やらない善よりやる偽善」という指摘が一部にあるが、「ガバナンスを明け渡す代わりに資金を受け取るか、破産するか」という問題のフレーミング自体がおかしいのである。下部リーグを救いたかったら前者だけやればいいし、そうすべきなのだ。

 

そもそもEFLのクラブが慢性的な資金難に喘いでいるのは現行の放映権料分配ルールの影響が大きく、それを決めたのは今のプレミアリーグを作った当時のビッグクラブだ。人の首を絞めて、絞めて絞めて絞めて、死にそうになってから離してやるとむしろ感謝される、というのは社会の哀しい一面だが、それを見て見ぬ振りするのは人心に悖るだろう。

 

というところで、プレミアリーグ内の緊急会議でPBPは却下された(リバプールマンUも含めた全会一致で廃止という点が笑わせてくれる)。

  

もちろん、次はCSへの短期救済案と、プレミア・EFL全体の収入配分の再編案を実行する必要がある。前者はプレミアリーグが担保するなりして早期に融資を取り付けるべきだが、緊急性が高いリーグワンとツーにひとまずの融資策がまとまったようなのでそれは安心した。後者の決定に当たっては、ファンの意見を反映した議論が行われるべきだろう。そう、私は今、べき論を話している。べき論なかりせば、ただ強い方、金がある方に流れてしまうだけだから。

 

ちなみに、PBPの出現に際して、わずか2日足らずの間にプレミアリーグ、しかもビッグ6のファンから組織だった抗議運動が出てきた点は特筆しておくべきだと思った。Integrityとはこういうことだと思う。

 

 

イングランドのサッカーリーグの改造余地

ちなみに、「起こってほしくはないが」という仮定付きで、ビッグクラブがよりイングランドのサッカーリーグが持つ素晴らしい商業ポテンシャルを解き放ち」「より大きな価値を世界に届けることができる」かもしれない案としては、何があるだろうか。

 

プレーオフの創出

リーグ戦の終盤には、視聴率的に死に試合が結構出てもったいない。2/3くらいやったところで上位6から8クラブだけがプレーオフに進み、2ヶ月くらい戦って優勝を決めるようにすれば、1試合当たりのPPVは高まるかもしれない(試合数全体の減少と天秤だが)

 

上位クラブへの固定分配制度の設立

海外におけるイングランドサッカーの人気を牽引し、グラスルーツや女子サッカーにも多大な貢献をする大手クラブに、貢献への対価として特別待遇枠の固定分配金を設ける。大手クラブの収益性は更に安定し、投資家に対して確実なリターンを保証することができ、サッカー界を牽引するための投資が可能になるという、正のサイクルが回せる。

 

リーグ戦の海外開催の導入

アメリカ、極東、中東、アフリカ、東南アジア・・・プレミアリーグ観戦を夢見ていても、様々な理由でそれを果たせないファンは世界中にいる。彼らに一生に一度のプレミアムな体験をしてもらうことで、プレミアリーグはもっと大きな価値をファンに届けられる。

 

他リーグ選抜との“ドリームマッチ”の創出

3年に1回、ラ・リーガブンデス、セリエ、リーグ・アンエールディビジ、あとはポルトガル辺りのリーグ選抜チームとのトーナメントを開催する。リーグカップコミュニティーシールドの廃止、FAカップの短縮でカレンダー上の余裕は作れる。

 

FAカップリプレイの完全廃止

疲れるだけだ。

 

 

と、ここに挙げた例がどの程度現実的かは置いておいて、商業的なポテンシャルを追求しようと思うと、リーグのフォーマットから何から変えられる可能性がある。それが良いか悪いか。少なくとも、ファンの意見を十分に聞いて議論が行われるべきだろう。

 

 

レスター戦。あるいは競争による超過リターンの収束

www.mancity.com

 

こいつはやばいぜ!

 

いや本当に。昨シーズンからそうだったが、ボールを失う→サイドチェンジ。これだけでかなりの高確率でクリティカルなピンチにつながる、というのは何かがおかしい。いくらなんでも、間に合ってなさすぎる(なぜサイドチェンジだけでそうなるのだ?SBが両方上がっているからか?)。いくらなんでも、再現されすぎてる。昨シーズンから、最終ラインがあまりにも暴露されすぎており、CBだけ変えても解決しないんじゃないかと思っていたが、確信に変わった。

 

ところで、シティが5点以上失点したというのはここ最近記憶にない。あったっけ?記憶にある最後の5失点は、2007/08シーズンにチェルシーに6点食らったやつだ。ハビエル・ガリードが面白いように裏を取られていた。あとは、リバプールにCLで5点決められたんでしたっけ。見れなかったんですよね。

 

 

 

 

 

ところで思い返してみると、シティは多分、この10年で、プレミアリーグのほぼ全てのチームに5点以上決めている(こういうときは、良いことだけ思い出して精神の安定を図りたい。)

マンUは「Why always me?」のとき。

www.youtube.comアーセナルはペレグリーニ時代の6-3。

www.youtube.comリヴァプールはマネキックのとき。

www.youtube.com

スパーズは向こうがヴィラス=ボアスのとき(景気が良くて楽しくなる試合だった。日本代表はヴィラス=ボアスを雇ったほうが良い)。

www.youtube.com

チェルシーは2018/19シーズン。

www.youtube.com

 

シティもやられる側になっちまったと思うと非常に残念で、インターネットを開く気もしなくなるが(しかも失礼ながら、相手はレスターだ。シティに5点取られるのと、レスターに5点取られるのでは再現性がぜんぜん違うというのはレスターファンでも同意するところだろう)、一方でちょっと目線を変えてみると、1つのチームが持つピッチ内での優位性は、中長期的には競争によって縮小するという原則がしっかりと働いているのは興味深い。

 

f:id:sakekovic_14:20200929071356p:plain

上記はマッキンゼーが米国企業(金融機関除く)の成長率を集計したもので、当初は「超高成長グループ」と「縮小~横ばいグループ」で30%強もの差があったのに、わずか5年でほぼ同水準まで縮小している。ちなみにROEでも同じような結果が出ている。

 

これはすなわち、一時的に競争相手を大きく上回る成績を上げていても新規参入や競合による模倣、新たなビジネスモデルの登場、顧客やサプライヤーとのパワーバランスの変化、成長を維持するコストの増大などによって、優位性は徐々に失われてしまうということだ。

 

で、これはFFPが加速させる、すでに規模が大きいクラブの寡占化に反するような動きに見える。もちろん業界も違えば、売上高/資本リターンと、競技上のテクニカルな優位性の違いもある。競争を避けることが超過リターンにつながる一般企業、と異なり、サッカークラブは競争すること自体がレゾンデートルで、それが故に取りうる戦略の幅も狭い。よって、一概に同様の力学が働くとは言えないが、アナロジーが成立するようにも見えるのである。強いクラブは下位クラブよりも主に放映権料の面で大きな収入を得て、さらに選手に投資することでますます強くなり、差が開く・・・というのが基本的なメカニズムだが、一方でその優位性には、中長期的には消失していく力学も働くのだ。

 

 

まあ、「この力学は主に同じサイズのクラブの中だけで働く」とか、「今回のレスターのように中位~下位のクラブが1試合単位で優位に立つことはあっても、シーズンを通した成績で見ればリーグの構造は固定されて変わらないまま」というのも十分ありえることだが。例えばエヴァートンのオーナーはかなりの投資を行っており、P/L上も人件費をかなり危険な水準まで積み上げてビッグ6入りを狙っているが、功を奏していないのは結果を見るとおりだ。エヴァートンは今やカウントダウン中の爆弾を抱えているに等しい。

 

というようなことを、週末は考えていたのでした。

マンチェスター・シティはなぜCL出場停止にならなかったのか

https://media.gettyimages.com/illustrations/circa-1550-a-winged-devil-with-a-spear-goads-a-damned-soul-towards-illustration-id51243245?s=2048x2048

前提事項

※用語

パネル:3人の弁護士から構成される評議会

CFCB:UEFAの独立審議機関

MCFC:マンチェスター・シティ

ADUG:アブダビ・ユナイテッド・グループ(シティの大株主)

HHSM:シェイク・マンスール(シティのオーナー)

エティハド:エティハド航空

 

以下、「xxx.」 という形で数字が付いているパラグラフは、下記CAS評決文の邦訳である。

https://www.tas-cas.org/fileadmin/user_upload/CAS_Award_6785___internet__.pdf

 

以下、UCLAロースクールの教授であるSteve Bank氏の解説を引用する箇所にはSB)と表記する。Tweetの詳細な解説は以下のスレッドを参照されたし。

筆者による文章は以降青字とする。

 

結論

  1. 上記に基づき、提出されたすべての証拠と弁論を十分に考慮した上で、パネルの大多数は以下の結論を出した。

 

(略)

  1. ii) 2014年の和解合意は、現在の控訴仲裁手続で問題となっている問題について、UEFA が MCFC を請求することを禁じているわけではない。
  2. iii) 2012 年 5 月に終了した年度及び 2013 年 5 月に終了した年度の財務諸表に関連する違反疑惑は時効となるが、2014 年 5 月に終了した年度の財務諸表に関連する違反疑惑は時効とならない。
  3. iv) 2013/2014シーズンのモニタリングプロセスで提出されたブレークイーブン情報に関連した違反疑惑は時効であるが、2014/15シーズンのモニタリングプロセスで提出されたブレークイーブン情報に関連した違反疑惑は時効ではない。
  4. vi) Etisalat からのスポンサーフィーを装った(ADUGまたはHHSMからの)資本注入疑惑に関する告発は時効となる。
  5. vii) リークされた電子メールは認められる証拠である。
  6. viii) パネルは、MCFCがHESMおよび/またはADUGからの出資をエティハドからの出資と偽っていたとは納得できない。
  7. ix) パネルは、MCFC が 2 つの問題に関して CFCB の調査に協力しなかったと認める。
  8. x) パネルは、MCFCに1,000万ユーロの罰金を科すことが適切であると判断する。
  9. xi) CFCB の訴訟費用の補償として、MCFC が控訴審判決で UEFA に支払うよう命じられた 10 万ユーロの金額を確認する。

 

344, その他のすべての申し立て、またはそれ以上の救済のための申し立ては却下される。

 

 

 

詳細

SB)CASパネルは、リークされたEメールに信憑性・信頼性がない、または認められないという潜在的な異議申し立てを却下することから始めている。つまり、ハッキングで得られた証拠だから無効という申し立ては予め排除している

 

本件の論点

f:id:sakekovic_14:20200730002349p:plain

f:id:sakekovic_14:20200730002400p:plain

 

2014年の和解合意の影響について

Q) 2014年の和解合意によって、今回の嫌疑は既に解決済みとみなされ、新たに罰せられることがなくなるのか

A) ならない。

 

154.    和解契約の締結に至った規制違反の疑惑は、現在の訴訟では争点にされていない。むしろ、本訴訟の主要な争点は、HHSM及び/又はADUGがエティハド及びエティサラットを通じてMCFCに偽装出資を行ったかどうか、また、MCFCがライセンス及びモニタリングのためにUEFAに提出した財務情報にこれが適切に反映されていたかどうかである。これらの具体的な請求は、和解契約で取り上げられている問題には触れていない。

 

時効について

Q) 時効が適用されるか?適用されるなら、どこまでが時効か?

A) 5 年の期間がいつから始まったのかについては、CASは両方の主張を棄却した。

  • MCFCは制裁の5年前(つまり2015年2月14日)としている。
  • UEFAは調査開始の5年前(つまり2014年2月7日)としている。

CASは、起訴開始日=2019年5月14日が重要であり、時効は2014年5月14日以前と指摘した。UEFAも、2012年5月締めシーズンと、2013年5月締めシーズンについては既に時効と認識していたため、UEFAの告発には実質的に影響しない。

 

SB)これによって、Etisalatに関する資本注入疑惑は、嫌疑の対象から外される。Etisalatからのスポンサーフィーの受け取りは時効期間内に行われているためである。

 

SB)一方、Etihadからのスポンサーフィーについては時効期間と時効外期間にまたがっているため、一部のみ嫌疑の対象から外れる。

 

 

*************************************

参考資料

漏洩メール1号(CAS評決文210.)

 

f:id:sakekovic_14:20200730081153p:plain

*************************************

漏洩メール3号

f:id:sakekovic_14:20200730081317p:plain

*************************************

漏洩メール6号

f:id:sakekovic_14:20200730081415p:plain

*************************************

 

資本注入があったのかについて

SB) 次の問題は、UEFAがその告発が期限切れではなかったことを証明できたかどうかである。多くの場合そうであるように、論点は立証基準である。パネルは、その基準が「Comfortable Satisfaction」であることには同意する*1が、主張が深刻であればあるほど、より高い基準が求められるという点ではMCFCとの意見が一致している。

  

SB) パネルの過半数は、漏洩した電子メールは、議論された取り決めが実際に実行されたことを証明していないため、それだけでは不正行為の直接の証拠を提供するのに十分であるとは認めなかった。

 

SB) もう一つの問題は、流出したメールがあくまでMCFCの関係者間のものであって、疑惑のある第三者の資金提供者間のものではないということである。唯一の例外は、サイモン・ピアース氏であり、ピアース氏はMCFCとADUG、両者とのつながりがあった。しかし、パネルは、ピアース氏による疑惑の否定は信憑性があると判断した。

 

  • サイモン・ピアースがシェイク・マンスールまたはADUGを代表して契約を締結する権限があったことが立証されていない
  • サイモン・ピアースの証言が虚偽であることの認定が必要だが、ピアースが実際にADUGを代表していたことを示す証拠がないことから、そのような結論は妥当ではない
  • UEFAの主張は漏洩メール1号*2の記述に依拠しているが、ピアースはその資料内の「殿下」とは、シェイク・マンスールではなく、シェイク・スルタン・ビン・タフノン・アル・ナヒヤン殿下のことであると証言した
  • パネルは、この点でのピアース氏の証言が不正確であったと考える理由はなく、UEFA からの「殿下」との言及が実際には マンスールのことであったという主張を裏付ける証拠もない。よってパネルは、漏洩メール1号が、ピアース氏がADUGの命令で契約を締結する権利を有していたことを示すということを、UEFAが証明できなかったと結論付けなければならない。
    (以上、215から229を要約)

 

225.     いずれにしても、漏洩メール1号の記述だけでは、ピアースが実際にマンスールまたはADUGからの資金注入によってスポンサー収入を偽装していたと立証することはできないとパネルは判断した。さらに言えば、漏洩メール1号は2010年に送信されたものであり、FFP成立の2年前であるため、仮にこれが実際に行われていたとしても当時は問題なかった。

 

漏洩メール6号に記載された、分割払いの件

236. こちらも、パネルの過半数の見解では、UEFAが主張しているように、59,500,000英ポンドの支払いがHHSMおよび/またはADUGによって資金提供された、または資金提供されるように調達されたという結論を裏付ける証拠はない 

結果として、UEFAは求められる水準の立証が出来なかった。

 

 

証人喚問:

サイモン・ピアース、エティハド航空の元CEOであるジェイムズ・ホーガンが証言を行った。またMCFCは、エティハド航空グループの取締役兼財務投資委員長であるアフメド・アリ・アル・サイェフ、エティハド航空の企業内弁護士ヘニング・ズル・ハウゼン、およびエティハド航空グループCEOトニー・ダグラスからの書簡を提出した。

以下は246.のエティハド航空元CEOホーガン氏の証言の抜粋である。

"HHSMも、彼のプライベート投資ビークルADUGも、彼らの代理を務めるいかなる団体も、スポンサーシップ契約に基づくエティハドのスポンサーシップ義務を出資したり、償還したりしていません。スポンサーシップ義務は、上記の通り、エティハドの自己資金から支払われています。
私は関連する期間中ずっとPCEOを務めておりましたし、UEFAが申し立てたようにエティハドがMCFCに支払ったスポンサー料の確保または償還のための取り決めが存在していれば知っていたはずですが、私はそのような取り決めは承知しておりません"

 

以下は249. のアル・サイェフ氏の書簡の抜粋である。

当社は、スポンサーシップ契約のいずれに関連しても、直接・間接を問わず、前払金やその後の払い戻しの方法を問わず、ADUG、HHSM、またはそれらに支配されているか影響を受けている個人・団体から、いかなる支払いも受けていませんでした。この証明書を提供する一環として、私のチームのメンバーが、2008 年 8 月 23 日から今日までの間、会社の電子版総勘定元帳のキーワード検索を行いました。現金出納帳全体の検索では、HHSMまたはADUGのいずれからも£250,000(または他の通貨での同等額)を超える領収書は確認されませんでした。

 

以下は251. のダグラス氏の書簡の抜粋である。

書簡の第 4 項には、当社がスポンサー契約に関連して ADUGや HHSM からいかなる支払いも受けていないことが記載されています。私は、疑義を避けるために、当社が[ADUG]または[HHSM]またはそれらに支配されている、または影響を受けている個人または団体から、直接的、間接的を問わず、いかなる金銭も受け取っていないことを確認します。当社はアブダビを拠点とする民間航空会社です。ご理解いただけると思いますが、[ADUG]および/または[HHSM]は、スポンサー契約やその他のスポンサーシップとは一切関係なく、当社から航空券を購入している可能性があります。

 

会計上のエビデンスについて

  1. パネルの過半数は、いずれにせよ、エティハドが関連機間中にスポンサー契約に基づく全額をMCFCに譲渡したことが会計上の証拠から明らかになっており、HHSMおよび/またはADUGからの資金提供が直接エティハドに送金されたか、または正体不明の第三者を通じてHHSMおよび/またはADUGから資金提供を受けるために調達されたという仮説を裏付ける意味のある証拠はないと判断している

 

資本注入があったかどうかに関する結論について

  1. 以上のことから、エティハドがMCFCに対する支払い義務を完全に遵守し、MCFCが契約上合意されたサービスをエティハドに提供したことは疑う余地がない。パネルの大多数は、エティハド・スポンサーシップ契約は公正価値で交渉されたものと推定され、MCFC、HHSM、ADUGおよびエティハドは「関連当事者」には該当しないと判断している。エティハド・スポンサーシップ契約は法的拘束力のある契約であった。契約が遡及されていたという証拠はなく、また、MCFCがリークされた電子メールの公表後に遡及して違反の疑惑を隠蔽しようとしたという証拠もない。 
  1. リークされた電子メールには、エティハドのスポンサーシップ拠出金がHHSMおよび/またはADUGによって資金提供される、または資金提供されるように調達されるという取り決めが記載されています。HHSMおよび/またはADUGとエティハドの参加は、取り決めが実行されるための前提条件であるが、そのような参加は確立されていない。ピアース氏はリーク電子メールで議論された取り決めを実行しようとした可能性があるが、パネルの大多数の見解では、ピアース氏が実際にそのような試みを実行した、あるいは成功したことを立証する証拠はファイルに存在しない。
  1. 目の前にある証拠、特にパネルが再度指摘するように裁決会議所に提出されなかった証人の供述、エティハドの幹部が発行した書簡、MCFCが提供した会計証拠に基づいて、パネルの大多数は、リークされた電子メールで議論された取り決めが実際に実行されたとは確信していない。MCFCとHHSMおよび/またはADUG、あるいはHHSMおよび/またはADUGとエティハドとの間で実際に取り決めが行われたこと、あるいはHHSMおよび/またはADUGがエティハドのスポンサーシップ義務の一部に直接資金を提供していたことを立証する十分な証拠はファイルにはない。下図に示すように、HHSMおよび/またはADUGとエティハドとの間に関連性が証明されていない場合、パネルの大多数は、エクイティファンディングの偽装に関するUEFAの理論は、依然として根拠がないと判断している。

 

f:id:sakekovic_14:20200730222630p:plain

 

 

MCFCのCFCB調査への非協力に基づく不利益推論について

  1. パネルは、MCFC が CFCB に要求された情報を提供することに非常に消極的で、時には非協力的であり、MCFC がパネルに提出した実質的な証拠は、調査会議所や裁定会議所に提出されなかったものであると判断した。後述の非協力の罪状について、以下に詳述するが、パネルは、裁決会議所は、このような非協力を理由に MCFC に正当な制裁を与えたと判断した。この不協力の程度と厳しさについては後述するが、MCFC が出資金をスポンサー収入として偽装していたかどうかを判断するという観点からは、パネルの大多数は、流出した電子メールで議論された「取り決め」が実際に実行されたという UEFA の主張を裏付ける証拠がファイル上にほとんど存在しないという状況に直面している。

 

  1. パネルは、十分な説明もなく証拠が提出されなかったことから不利な推論を導き出す可能性があることを認識しており、すなわち、証拠が提出されなかったと仮定することは、MCFC の利益に反することになる。(※証拠(データ)が破壊されたり,なくなったりしたことにより,それを提供できなかった当事者にとってそのデータは不利であったのだろうと推定できるということ)*3

 

  1. UEFA答弁書には、4 回の文書提出要求が含まれていたが、MCFC はその要求に一部応じただけであり、その後 UEFA は、残りの証拠の提出要求を追及する必要はないと考えた。したがって、審問時点では、パネルに未解決の証拠開示請求はなかった。
  2. 結果として、UEFAが、リークされた電子メールの一部を構成する一連の電子メールの提供要求を追求しなかったため、パネルの大多数は、MCFC がそのような情報を提供しなかったことから不利益な推論を引き出すことはできないと判断した。

 

SB) では、なぜCASの過半数はシティにとって不利な推論をしなかったのだろうか(※資料の一部を最後まで提出しなかった=この証拠はシティにとって不利な情報が入っているのだろう、と推論することをしなかった)。それは、流出した電子メールのうち、流出していない部分の証拠請求をUEFAが行わなかったからだ。国際仲裁規則では、不利な推論を主張するためには、提出されなかった証拠を要求しなければならない。

 

SB) なぜだろうか?どうやら、もしUEFAが仮に証拠の提出を求めていたならば、2020-2021年のUEFAクラブコンペティションシーズン中に提出することになっていたようだが、UEFAはそうしなかった。

 

  1. この点でのUEFAのアプローチは、追加の証拠を入手することと、2020/21 UEFA クラブ競技会シーズンの開始前に裁定を受けることとの間のジレンマに直面していたため、理解できる。UEFAが追加証拠の提出を主張すれば、新シーズンへの手続きを引き延ばすことになるのは必至であるため、この2つの選択肢は現実的には両立しなかった。このジレンマに直面したUEFAは、後者の選択肢を支持することにした。

 

UEFAは、情報請求を続けた場合、CASの裁定が遅れるリスクと天秤にかけ、情報請求をやめることにした。結果として、MCFCが要求された情報の一部を提供しなかったことについて、不利益推論は成り立たないとCASは判断した。

 

 

MCFCはCFCB調査に協力しなかったかについて

  1. パネルは、CFCB 首席調査官が要求した証拠のうち、CFCB に提供されなかったが、最終的に CAS の本手続で提出されたものと、一度も提出されなかったものを区別することが重要であると考えている。

 

提出されなかった資料
  1. UEFAは証拠開示請求2号を追求することができたにもかかわらず、2020年5月15日付の書簡で「証拠開示請求2号を主張する必要はない」とし、「証拠開示請求2号を維持していない」ことを示したため、証拠開示請求2号を追求しなかった、とパネルは判断した。そのため、UEFAはMCFCが電子メールを提供することを期待していなかったし、パネルにMCFCに文書の提出を求めることもしていなかった。パネルの過半数の見解によれば、MCFCがこれらの文書を提出しなかったことから不利益な推論を引き出すことはできないだけでなく、提出しなかったことを理由にMCFCを制裁することはできない。

 

最終的にCASに提出された資料
  1. サイモン・ピアース、アンドリュー・ウィドウスンの招喚
  2. 漏洩メール2号における「モハメド」が誰なのかに関する開示
  3. 漏洩したメールの完全かつ正確なコピー

上記3点については、シティはCFCBの要求に答えず、CASの本手続きで始めて回答した(3点目は最後まで部分的であった)。

 

  1. したがって、パネルの過半数は、MCFC が 3 つの個別の問題に関して CFCB の調査に協力せず、CLFFPR 第 56 条に違反したと判断する。

 

 

 

UEFAは最後まで、求められる水準の立証が出来なかった。シティが非協力的だった3つの事柄(上記参照)がより早い段階で提供されていれば、立証できただろうか?それは判断しかねるが、そもそもハッキングされたメールは550万通あった。なぜここに至るまで、6通のメールしか使っておらず、残りの549万9,994通を使わなかったかは判らない。

なお、このこと(要求された情報を部分的にのみ提供したこと)は、前述の「資本注入があったのか」についての判断を覆すほどの重要性があったとは判断されていない。 

 

感想)

 

空しき勝利である。いや、勝つに越したこたあないよ。CL出場停止になるより2万倍良い。このCASの仲裁手続において、今回以上の結果を収めることは難しかっただろう。そういう意味では完勝だ。しかし、誰かが「黒だ」と言ってきたら、「いや、そうとは判定されませんでしたよ」と言い返しはするが、「白だ」と言って回る気は無い。そういう感じだ。

 

立証責任がUEFAにあり、かつその立証が全く出来なかったこと(読めば判るが、資本注入疑惑については、UEFAは可哀想なくらい完敗している)、シティ側もエティハド航空の会計記録を最終的に提供していることは事実としても、リークされたメールはあまりに明け透けで、邪推を呼ぶものだ。あのメールが出てれば、いくら裁判で勝っても、そりゃ「インチキだ」と言ってくる奴は世に尽きまい。現に、IndependentやThe Guardian、Sport Intelligenceのようなマスメディアのジャーナリストが、ちょっとどうかと思うくらい、評決文中の超どうでも良い(けどそこだけ切り出したらセンセーショナルに聞こえる)形容詞を抜き出してエグい見出しをつけて記事を出している。興行ビジネスでここまでの敵意・悪意を持たれてしまったら負けでしょう。

 

また、シティ側がUEFAの焦りを知っていたかどうかを知る由はないが、結果的にCFCBの要求に対して情報提供が遅れたことがプラスに働いた可能性はある。UEFAがその追求を途中で放棄したために、その点について脛に傷があると推測されなかったことはラッキーだが、同時に「意図的にプロセスを遅らせて有利に持ち込んだんだ」という指摘を棄却しきれないということでもある。気分悪いね。

 

f:id:sakekovic_14:20200919232055j:plain

どうもこうも。

*1:パネルが”心地よく満足する"水準であること。ググったが良い法律用語としての訳が見当たらなかった

*2:CAS評決文210参照

*3:https://www.snia-j.org/dictionary/38/

マンチェスター・シティはなぜCL出場停止にならなかったのかについての推測

う~I just wanna make you happy あーもう!

じゃないわ。すみません間違えました。

 

 

 

 

 

前文

さて、7月13日にシティのCL出場停止が撤回された件について。この件に関して、実に色んな人が、色んな話をしている。問題は、この件について話をしている人の大半、あなたも私も、ジャーナリストもアナウンサーも、ぶっちゃけこの件についてよくわかっている状態で喋ってるようには見えないということである*1

最終的に何らかの論点がブラックボックスなプロセスとロジックで決まったというなら、それはそれでいい。だとしたら、何が論点だったのか、それがこの結果になりうるとしたらどんなロジックと政治的駆け引きが想定されるのか。そういうことを知りたい。それらに踏み込まないで、「産油国の財力を持ってすればUEFAやスイスの裁判所など一捻りなのだ」とか、「UEFAは無能」とかで片付けられるとちょっと物足りないのである。

 

大前提として、CASは非常にシンプルな発表しかしておらず、「どの部分が“時効“で、どの部分が“成立していない”なのか」「なぜ罰金の額を減額するのか」等は、追加発表がないと判らない。

一方で、何が論点になりそうかという点については、約半年前の時点で弁護士による解説が公開されており、これが現時点で発表されているCASの判決文にかなり関連していそうなのである。参考にしたのは、英国の弁護士であるStefan Borson氏の寄稿。氏はシティファンだということではあるものの、内容は極めてテクニカルな内容になっており、今回の件の論点と、一般的な法解釈に照らした場合の見解が包括的に把握できるものとなっている。

ninetythreetwenty.com

ninetythreetwenty.com

ちなみに、この記事は2月にはもう出ていて、日本語でもSchumpeter氏がもう解説して下さってたのだが、不勉強ながらチェックしていなかったので、最近まで論点が分かっていませんでした。

 

Stefan氏の問題提起: UEFAの立場から見て、この件でCityを出場停止とするには大きなハードルが2つ(時効と、和解合意の存在)がある

f:id:sakekovic_14:20200719195456p:plain

 

 

まず事実確認

そもそも何の疑いが掛けられているのか

2019年3月7日のUEFA発表。"独立したUEFAクラブ財務管理機関(以下「IC」)の調査室は本日、マンチェスター・シティFCに対し、フィナンシャル・フェアプレー(FFP)規則違反の可能性があるとして正式な調査を開始した。調査は、最近様々なメディアで公表されたいくつかのFFP違反疑惑に焦点を当てることになる。"

 

2019年5月16日、UEFAは次のような審判決定を発表した。"クラブ財務管理機関(CFCB)の主任調査官は、CFCBの独立調査室の他のメンバーと協議した後、マンチェスター・シティFCをCFCBの審査期間(Adjudicatory Chamber)に送致することを決定した。"

 

そしてどんな決定が下ったのか;UEFAクラブ財務管理機関の審査機関の決定

2020年2月14日、UEFA発表。"審査機関は、すべての証拠を検討した結果、マンチェスター・シティフットボールクラブが、2012年から2016年の間にUEFAに提出された決算書と損益分岐情報においてスポンサー収入を過大表示することにより、UEFAクラブライセンスおよび財務フェアプレー規則に重大な違反を犯したことを明らかにした。"

 

 

 

過去にシティが下された処分

2014年の和解合意

2014年5月16日、シティはUEFAとの間で、2013/14、2014/15、2015/16の3シーズンを対象とした報告期間中のFFP調査に関する和解合意書(Settlement Agreement)を締結した(以下「2014年和解合意書」と呼ぶ)

2014年和解合意書の期間中、シティは自らの合意のもとで、すべての関連条件を遵守していることを証明する進捗報告書を半年ごとに提出することを含む制限を受けた。

→どういうことかと言うと、2012年から2014年にかけて、シティはFFPに違反した(損失を一定範囲以内に抑えるというルールを守れなかった)ので、それに対して2014年の時点で処罰を受けて、かつその後、上記3シーズンにかけてモニタリングを受けることになった、ということである。この処罰の内容は、罰金、CL登録人数の削減、給与を一定範囲内に抑えること、などであった。*2

 

2017年のリリースレター

2017年4月21日のUEFA発表。UEFAのCFCB調査室は、シティが前述の和解合意に関する全ての要件を完全に遵守し、開放されることを確認するレター(リリースレター、Letter of Release)を発行した。

 

 

 

それらを踏まえて、Stefan氏の見解を再確認

f:id:sakekovic_14:20200719195456p:plain

1)2019年5月15日から5年以上前の違反疑惑は、時効のため訴追できない(→2014年5月15日以前の疑惑が対象外になり、2014-15、2015-16の疑惑のみが対象になる)

2) 2014-15, 2015-16の2シーズンについては、上記の和解合意にある通り、既にFFP違反で処罰され、またリリースレターの発行によってその処置が完了し、最終的かつ拘束力のあるものになったので、これ以上訴追できない。(→2014-2016の疑惑が対象外になる)

 

2) は云わば、同じことを2度は罰せず、またすでに決定された訴訟や和解は最終性を持っている(再審できない)という原則である。これが適用されるか否かは、当事者(UEFA とシティ)、問題の主題(過大なスポンサー契約)、法的根拠(FFP)の同一性が同一である場合にのみ適用されるというトリプル・アイデンティティ・テストによって決定されるそうである。

 

パッと考えて、上記の2点から、UEFAが今回シティをFFP違反自体で罰するのは難しいのではないか、という指摘である。これに対して、UEFAがどんなディフェンスを展開するのかが本件の焦点であった。*3

 

 

 

論点①:証拠がハッキングで取得されたものだから撤回されたのか

多分違うっぽい。詳細は発表を待たなければならないが、1)CASの声明には証拠の信頼性を伺わせるものはない、2) 違法に取得した情報でも、過去に証拠として扱われた例はある

www.cisarbitration.com

 

論点②:「時効引き伸ばし問題」はあり得たのか

「シティはUEFAの調査に協力しないことで操作を引き伸ばし、時効に持ち込むことに成功した」という説がある。具体的にはベン・メイブリー氏が主張している以下のような意見がある。

 

SAのハードルを有効だと考えた場合、SAの対象外である=訴追できる疑惑の対象は、2013年6月30日以前のものになる。しかしUEFAが調査を開始したのは2019年3月7日、RFが出たのは2019年5月16日であるから、それぞれ5年前(時効にならない最も早いタイミング)は2014年3月7日と2014年5月16日になり、どちらもSAの対象期間内に入ってしまう。極端な話、Der Spiegelによる最初のスクープ記事が出た翌日に調査を開始しても、2013年11月以降しか対象にならない。なので、時効を引き伸ばすまでもない。

一方、もしSAのハードルをUEFAが覆すことが出来ていた場合、(ベン氏が主張するように)シティが「違反の時点から5年」と主張しようが、2015年7月13日以降は時効の対象ではないので、こちらも場合も、シティは「捜査を引き伸ばして時効に持ち込むことに成功」することは不可能に思われる。

 

 

論点③:時効でない期間の疑惑は追求できるのか

シティの主張によれば、SAは2016/2017シーズン以前のFFP違反を対象に含んでおり、かつ2017年のリリースレター発行によって完了されてしまっている。

これをもう一度訴追するのは、Stefan氏によれば、

「あなたが和解金を支払い、和解体制を経て、UEFA自身が考案したいくつかのテストやチェックに合格し、公式かつ決定的に和解体制から抜け出したことは認めますが、それはさておき3年後、全く同じ時期に戻って、もう一回あなたを有罪にしようと思います」

と言っているようなもので、法律がそのように出来ているとは考えがたいということである。

またこれは私の推測だが、FFPは結局規定の範囲内に赤字が収まるか否か、収まらなかったら罰則というルールなので、仮に今回スポンサーフィーが実際にはオーナーから支払われているという主張に信憑性が認められたとしても、「もう違反している(そしてもう罰されている)」ということをこれ以上悪くしようがないようにも思われる。

 

論点④:なぜ罰金があるのか。「非協力的だった」というのはどういう意味か

なぜ罰金があるのか:*4

しかし、①MCFC の財力、②CFCB の調査手段が限られていることによるクラブの協力の重要性、③MCFC のこのような原則を無視して調査を妨害したことを考慮すると、CAS パネルは、以下のように判断した;
MCFCに多額の罰金を課すべきであり、かつUEFAの最初の罰金を2/3まで、すなわち1,000万ユーロの金額まで減額することが適切である。

(However, considering i) the financial resources of MCFC; ii) the importance of the cooperation of clubs in investigations conducted by the CFCB, because of its limited investigative means; and iii) MCFC’s disregard of such principle and its obstruction of the investigations, the CAS Panel found that
a significant fine should be imposed on MCFC and considered it appropriate to reduce UEFA’s initial
fine by 2/3, i.e. to the amount of EUR 10 million.)

「非協力的だった」とはどういう意味か:不明。CASの追加発表を待つか、関係者からThe Guardianにしばらくしてからリークされるのを待つのが良いだろう。

 

論点⑤:FFP自体の正当性を訴えると脅したのか

不明。ただし、FFPEU競争法に違反していないこと、かつEU競争法がFFP一般に対して適用されないことはUEFAも以前から主張しており、ACミランとの裁判で「各クラブは欧州コンペティションに参加するために自主的に規則に従っている」との主張に成功している。つまり、仮にそうだったとしてもUEFAには勝算がありそうだった。

 

 

関連する報道 - UEFAは何を考えていたのか?

Stefan氏が再三指摘しているのが、「ここまで書いたようなUEFAにとってのハードルは、UEFA側だって当然わかりきっていたはず」ということである。

「これらの主張のほとんどは、比較的明白であり、裁決会議所の「審議」の時点で知られていたものであるように思われる。また、現段階では公表されていないこれらの点について、UEFAがどのような反論を裁決会議所に提示したのかを見てみるのも興味深い」。

つまり、UEFAもこんなことは百も承知で、覆すための準備をしていて当然だと思われるのである。では、ここまで挙げてきたようなハードルをひっくり返すためにUEFAが用意した秘策とは。

           

 

 

 

 

それがどうもなかったっぽいのである。

いや、あったのかも知れんが。でも余りにもあっさりとした、予想された負け方であり、それがNYTやFTなど一部の報道で「UEFAは自分たちのルールが分かってなかったんじゃないか」などと書かれた理由であろう。詳細は追加の発表を待つしかないのだが、いくつか興味深い報道がある。

 

Sam LeeとMatt SlaterによるThe Athleticの記事*5によると、UEFAの内部でも、“この件はFFP違反じゃなくて、規律委員会で扱うべきマターなんじゃないか"という議論があったという。この場合、何か罰則があったとしても、その対象はクラブ全体ではなくシティの首脳陣個人になる。

theathletic.co.uk

また、昨年の年末時点では「罰金だけになるらしい」という報道をシティの番記者が得ていて、彼らはかなりその情報確度に自信を持っていた様子もある(The Athleticのシティ番のSam Leeは、最初に2年の出場停止が下ったとき、かなり不思議がっていた)

もしこれらの報道が事実だったとしたら、この件におけるUEFAの目的は何だったのだろう?そして今、彼らは目的を達成できたのだろうか?(という問題設定の仕方は、発展性がなくて嫌ですね。止めましょうね)

CASからの評決の詳細は月曜日に公表されるらしい。答え合わせが楽しみですね。楽しみじゃないか別に。こんなこと。う~Happy Happy!とは行かなくて嫌ですね。本当。

 

 

 

ディスクレイマー

筆者は法律の専門家ではありません。上記の内容は公表された公式発表・記事等を元にしたものであり、誤りを含んでいる可能性があります。

*1:分かってたらすみません

*2:主な結果としては、ヨベティッチがCL登録メンバーから外された

*3:もちろん、これに加えて証拠そのものの有効性なども論点にはなりうる

*4:https://www.tas-cas.org/fileadmin/user_upload/CAS_Media_Release_6785_Decision.pdf

*5:ペイウォールあり

スター去る:リロイ・ザネー移籍に関する雑感

バイエルン移籍、ついに決定。この件は、色々な角度から振り返ることができる。

 

第一に、首脳陣・選手・OBが総出で「来てほしいね。来ると思うよ。え、ペップが何か言ってる?彼は自分が何言ってるかわかってないんじゃないの笑」みたいな態度を取り続けるバイエルン戦法が奏功してしまったというのが悔しいですよね。ドイツだとあの態度でも誰も怒らないんでしょうけど。

それでなくても、キープしておきたい主力選手を引き抜かれてしまったというのは、この10年間のシティでほぼ初めての事態なのだ*1。でも成功してしまったのだから黙るしか無い。ミッキーマウスリーグで頑張ってねとか言ってはいけない(揉めるから・・・そしてバイエルンのファンに「チャンピオンズリーグ獲ってから言え」とか言われて終わりだ。30連覇に向けて頑張ってください)

 

ザネー名場面集①対WBA左腕剛速球編

 

 

第二に、この移籍は残り契約期間によって移籍金がどう変わるかについてのわかりやすいベンチマークを与えてくれる。1年前の時点ではシティがザネーに要求する額は9,000万ポンドだと言われていたので、契約期間が残り2年から1年になる間に値段が2/3になったわけだ。

またこの移籍は、FFP違反疑惑への裁定に対するヒントかも知れない。シティが最近になって急に移籍を急いだように見えるのは、CAS裁定でCL出場停止になり、より足元を見られてしまうリスクを嫌ったのかもしれないからだ。

 

ザネー名場面集②対リバプールニアワンツー編

 

 

第三に、この取引、つまり2016年の夏に4,650万ポンドで獲得し、4年プレーして、6,000万ポンド*2で売却するという一連のプロセスでシティはベネフィットを得られたのかという点である。価格の適正さについての議論に入るのは避けるが、2017年から2019年にかけて、ザネーはすこぶる活躍したという点は強調しておきたい。特に2017年の秋から年末にかけてはもう止まりませんみたいな感じだった。(ただ、ザネーは1試合ごと、1プレーごとにムラがあるタイプなので、やることなすこと全部すごいという感じではなかった。たまにハマるプレーがあって、そのときは世界中の誰が向かっても止められないみたいな感じだ。)

この2シーズンはどちらもリーグ戦二桁得点二桁アシスト。後半戦かなり不貞腐れていた2018/19シーズンでさえそうなのだ。かなり元は取ったほうだろう。

 

ザネー名場面集③対リバプール居合斬り編 

 

 

 

しかもザネーは、試合を決定づけるゴールをよく決める。Game deciderだ。加えて、かっこいい。これは顔が良いというだけではない。手足が長くてスタイルがいいし、ドリブルの姿勢も良い。ショットモーションも良い。シュートの軌道も美しい。フリーキックの落ち方は感動ものだ。スターリングやベルナルドのドリブルは一生バタバタしているだろうが(それでも有効だから何の問題もないけど)、ザネーは見た目が美しい。そしてウィングという職業は、そういう飾って眺めて楽しめる美しさが大事なのだ。 

 

ザネー名場面集④対シャルケFK編 

www.youtube.com

  

ちなみに、シティのザネーが素晴らしかった瞬間はいくつもあるが、一番私が好きなのは2017/18シーズンの何戦だったか、確かトッテナムWBAか?。まあとにかくエリア外正面、やや右でボールをもらって、無造作にワンステップで左足を振って、ものすごい軌道でボールが飛んだやつ。全盛期のギャレス・ベイルしか蹴れないような軌道だった。

ポストに当たったから結局点にはなっていないのだが、もうその一振りだけでスター性がありすぎてどうでも良かった。J.Y.Park氏的に言えば「あなたは完璧にスターだ・・・」というやつだ。動画すら見つけられないが。

f:id:sakekovic_14:20200705094541j:plain

 

 

一方で、ザネーは更に成長してくれるはずだったという残念さが残ることも、また然りではある。スターリング、ベルナルド、マフレズが90分安定的に何でもできるマンになっていくのとは反対に、ザネーはどんどんピーキーな飛び道具になっていった。グアルディオラのシティの試合の半分くらいは、各チームが練りに練った5-5-0を攻略する詰将棋だが、手を変え品を変え相手が対応できなくなるまでグーチョキパーを出し続ける根気強さを、ザネーはついに手にしなかった。返す返すも残念だが、グアルディオラのチームよりこの能力を求められるところはないだろうから、バイエルンではもっと素直に活躍できる気がする。

 

 

といったところで、今後の活躍を祈って終わりとしたい。もう7月だ。

*1:あと強いて言えばミルナーだが、彼の場合は割とどうでもいい扱いを受けていたところに、最後の一年急に活躍して残留希望が強まったので、ザネーとは少し違う

*2:金額はどちらもボーナス含

世界しっちゃかめっちゃか編成の旅

むやみに多い登録人数、聞いたことのない若手、謎のギリシャ人。そういう、完全にしっちゃかめっちゃかになってしまったチーム編成が、たしかにこの世には存在する。今回はしっちゃかめっちゃか編成愛好家の私が、皆さんを世界のしっちゃかめっちゃか編成を巡る旅にご案内したい。

 

2005/06 ポーツマス

とはいえ、「しっちゃかめっちゃか」とはどんな状態を指すのか分からない方のために、しっちゃかめっちゃか編成界の巨人、ポーツマスを例にしていくつかの特徴を挙げてみたい。今を遡ること15年前、かろうじて2部降格を免れたときのポーツマスである。ちなみに、伝わる人にはこの編成表の時点で伝わると思う。

f:id:sakekovic_14:20200429075514j:plain

(出典:Wikipedia, 下段はシーズン途中放出)
 

1) 多すぎる

シーズン終了時だけで1軍が30人、しかもシーズンの途中で監督交代を経て約10人ほど選手を放出しているので、1軍だけで40人使ったことになる。

1チーム11人でやるスポーツで40人いる事態がまともなわけはなく、方針がブレブレだったから余ってるというだけの話だ。スターウォーズの新3部作にどうでも良い要素がてんこ盛りになってるようなもんだ(ベニチオ・デル・トロとか)。

 

2) 多様すぎる

上図の国旗を見てほしいが、統一性がなさすぎる。旧ユーゴ系(ステファノヴィッチ、コロマン、モルナル)がいるかと思えば北欧系(プリスケ、カラダシュ)もいるし、アフリカ人(シセ、ムベスマ、ベンジャニ、ルアルア)も中途半端にいっぱいいる。ダイバーシティが称揚される世の中ではあるが、大学生の海外インターン会場より国籍豊かなチームがあったら、それは大体やりすぎなのである。

 

3) 脈絡のない大物がいる

サッカー界にもある種の貴種流離譚がある。ビッグクラブを志半ばにして離れた大物が、規模は劣るが快適に過ごせる中小クラブで輝きを取り戻す。素敵な話だ。リケルメとか。だがそんなケースは悲しいかな稀で、なぜこのクラブに彼が?というケースは、編成か選手かどっちかがだいたい間違っているのである。このポーツマスにもワールドユースで世界を席巻したダレッサンドロ、日韓W杯の前に話題になったオリサデベ、マラガの怪人ダリオ・シルバと結構大物が揃っているのだが、それというのもポーツマスが雇えるレベルまで彼らが落ちてきたからに他ならない。山田邦子が人気無くなってきた頃にNHKがやけに使ってたみたいなもんだ。まずロベール以外の全員がプレミア初挑戦というところが怪しすぎる。

 

4) 肩書が怪しい奴がいる

マネーボール』も言っている。 将来性に夢を見すぎるのは間違っている。出来ない事はできない。そういう意味で、やばそうな肩書の奴に期待をかけるのは概ね間違っているのだ。今回のケースで言えば、「ザンビア代表不動のエース」コリンズ・ムベスマである。ギャンブルすぎるだろ。

 

5) 謎の東欧人がいる

東欧の選手は安い。その上概して語学力があるので雇いやすい。結果、往々にして見られるのが「よく知らない東欧人がポツンといる」状態である。今回で言えばヤニス・スコペリティスとか、コスタス・ハルキアスだ。誰?

 

 

09/10 ポーツマス

よし!わかってきたな?ちゃっちゃか行こう。次もポーツマスだ。今回もすごいぞ。

f:id:sakekovic_14:20200429075719j:plain

(出典:Wikipedia, 下段はシーズン途中放出)

まず、1) 前回に輪をかけて選手が多すぎる。取りも取ったり45人。1軍選手の末尾の背番号が47て。1年間で38試合もリーグ戦があるのに、一番多く出場した選手のスタメン数が26なのである。

 

次に、2) 余りにも寄せ集めすぎる。北はフィンランド(アンティ・ニエミ)から南は南アフリカ(アーロン・マカエナ)まで、一軍だけで19カ国。多すぎるからダメだという直接的な理由はないが、これでキャプテンがデイヴィッド・ジェイムズで、どうやってチームをまとめるのだろうか。カルレス・プジョルでも難しいだろ。

 

ちなみにここらで、この年のポーツマスならではの萌ポイントにも触れていきたい。

 

3) ヘルマン・フレイザルソンがいる

プレミアリーグから降格すること実に5回。あらゆるクラブの降格に立ち会ってきた、云わば降格界のサンジェルマン伯爵。このアイスランド人がいるところ、それすなわちしっちゃかめっちゃかな編成がある。いい選手なんですけど。

https://media.gettyimages.com/photos/carlos-tevez-of-manchester-united-appeals-for-a-penalty-after-being-picture-id525680774?s=2048x2048

 

4) 2部リーグの1.5線級に無茶な期待をかけている

具体的にはダニー・ウェバーとトミー・スミスだが。どちらも若い頃は年代別代表に呼ばれたFWで、2部で二桁点取った年も無くはない、みたいな。Jリーグで例えたら高田保則みたいな感じだ。2部ではたしかにいい選手なんだが、20台後半になっていきなり1部に持ってこられても辛すぎる。それを同じ年に2人まとめて引っ張る当たりがポーツマスポーツマスたる所以と言えよう。

https://media.gettyimages.com/photos/portsmouths-french-striker-frederic-piquionne-celebrates-scoring-his-picture-id97485068?s=2048x2048

 

 

12/13 QPR

f:id:sakekovic_14:20200429080638j:plain

(出典:Wikipedia, フォーマットが違うのは面倒になったため…)

 

ポーツマスの編成がただひたすら無軌道にしっちゃかめっちゃかなのに対し、QPRのそれには最低限の目的的なものは感じられるのである。結果はめちゃくちゃだが。オーナーがほとんど詐欺師だったポーツマスと、普通の「よくわかってない大富豪」だったQPRの違いかも知れない。

https://media.gettyimages.com/photos/chairman-tony-fernandes-looks-on-before-the-barclays-premier-league-picture-id457483254?s=2048x2048

 

 

1) 世界が羨む一発屋打線

QPRの萌ポイントはなんと言ってもFWの編成にある。ボスロイド、ザモラ、DJキャンベル、アンドリュー・ジョンソン。プレミアに興味のない人はピンとこないだろうが、全員プレミアリーグ的に言えばかなり高位の一発屋である。一発屋界のアベンジャーズだ。それをトウが立った段階で集めてきて編成にブチ込むこの度胸を買いたい。しかも冬まではこれにジブリル・シセがいたのだ。ワオ!って感じだ。

https://media.gettyimages.com/photos/jay-bothroyd-of-queens-park-rangers-holds-his-head-during-the-picture-id167710425?s=2048x2048

 

2) 怒涛のロートル補強

インテルでCLを制したGKジュリオ・セーザルチェルシーのレギュラーだったボシングワマンU名脇役パク・チソン。みんな2000年代中盤までだったらすごかったんですけど、みたいなおじさんを集めて、さらにショーン・ライト=フィリップスジャーメイン・ジーナス、キーロン・ダイアー、ルーク・ヤングの4人を揃えている。繰り返すが、2012年なのである。タイムスリップしてんじゃねえぞ。

https://media.gettyimages.com/photos/queens-park-rangers-english-midfielder-shaun-wrightphillips-vies-with-picture-id163410072?s=2048x2048

 

3) すごいクラブの窓際社員

レアル・マドリーの窓際社員だったエステバン・グラネロをアドオン。これだけで「初見のなんとかなりそう感」は跳ね上がる。専門家的にはポイントが高い。

https://media.gettyimages.com/photos/sebastian-tyrala-of-erfurt-challenges-esteban-granero-of-queens-park-picture-id452548134?s=2048x2048

 

 

2001 ヴェルディ

川崎から東京へホームタウンを移し、クラブ名も「東京ヴェルディ1969」に変更。新たな第一歩を歩み始めた名門の味わい深いスカッド

f:id:sakekovic_14:20200429080907j:plain

(出典:まぐまぐまぐろん)

 

やはり、前園・小倉・石塚・廣長というアトランタ五輪世代の夢のカケラをかき集めて何かを作ろうとしたところが強い。今「中田ヒデが叶わなかった天才になにが!?」みたいな番組が流行りだが、もうこの時点でこの4人は若干そういう扱いがあったのである。それが4人。ロマンを通り越して悪ふざけだ。

www.youtube.com

number.bunshun.jp

sports.yahoo.co.jp

 

この年のヴェルディは彼ら以外にもバブリー武田修宏が復帰してきたり、“帝京のロナウド”という異名ばっかり先行していた矢野隼人がいたり、“小野伸二二世”こと佐野裕哉がいたり、日本代表候補に一瞬だけ入った西田吉洋がいたり、とにかくネームバリューだけなら強そうなのがポイントが高い。二つ名ばっかり立派なのである。あと監督も松木安太郎だ。そんなヴェルディはしっかり低迷し、夏に獲ったエジムンドマルキーニョスのおかげで残留した。

 

 

今後の展望

さて、サッカーにどんどん金が入るようになってきたので、中の人間もちゃんと考えて編成をするようになってきた。つまり我々しっちゃかめっちゃか編成愛好家には、冬の時代なのである。退屈な現代にドロップキックを決める経営が今、求められている。

f:id:sakekovic_14:20200429084118j:plain

フィナンシャル・フェア・プレイはフェアじゃない

もはやそれどころではなくなってしまったが、コロナ以前、マンチェスター・シティUEFAから2年間の欧州コンペティション出場停止処分を受け、CASに提訴するという事件があった。その原因となったフィナンシャル・フェア・プレイ(FFP)のブレークイーブンルールへの違反について、FFPの成り立ちを踏まえて片野道郎氏がNewsPicksにコラムを寄稿している。

newspicks.com

 

さて、マンチェスター・シティのファンである私だが、今回の処分自体について異論を唱える気は全くないのである。この件が発覚した2018年末から書いているように、この件がUEFA側の主張する通りであれば、これはアウトだ。ルールが不当かどうかと、ルールを守らなくても良いかは別の話で、決められたルールを遵守しなかったのなら処分されるべきだ。その点については何も異論はない。むしろ、この件については我々ファンも謝られる対象であろう。

wegottadigitupsomehow.hatenablog.com

wegottadigitupsomehow.hatenablog.com

 

ただし、滑稽だとは思う。例えばヴィッセル神戸は、親会社である楽天のスポーツ事業の一環として運営されているため、イニエスタダビド・ビジャを高額の年俸で雇って生まれるはずの損失はスポンサーフィーで埋め合わせる、という経営を行っていて、日本プロサッカーリーグの木村専務理事から「1つの理想の形」と評されている。「ヴィッセルが勝つことはJリーグの発展につながる」と評する人もいる。市場の大きさが違うとは言え、ある場所では「カネの力でルールをねじ曲げた」と蛇蝎のごとく非難される方式が、リーグ全体の希望と呼ばれているのはウケる。

headlines.yahoo.co.jp

www.kobe-np.co.jp

 

まあそれはただの感慨として置いておいて。真面目な話をすると、片野氏の議論はFFPについて牧歌的に過ぎると思われる。氏の連載第1回『UEFAはなぜ、利益にならない「マンC裁定」を決断したのか』は下記のように主張している(ちなみに、シティをCLから排除することはUEFAにとって大打撃だ、とのことだが、マンチェスター・ユナイテッドアーセナルチェルシーといった人気クラブが代わりにCL/ELに参加できるのに、UEFAにとってどの程度本当に痛いのかは疑わしい。ただでさえシティがCLを戦うときは客が入らないのだ。)。

  • FFPの目的はクラブの経営健全化と公正な競争環境の確保である
  • FFP導入前の欧州サッカークラブの財政状況はリスクが大きかった
  • オーナーの私財や銀行からの借り入れによる損失補填(赤字の穴埋め)は①赤字経営の原因であり、②「不健全かつアンフェア」であり、厳しく制限するべきである、とUEFAは考えていた

加えて、Twitterではあるが、下記もほぼ記事に含まれている主張として考えて良さそうだ。

  • FFPが持つメガクラブの既得権益保護という側面は結果的なものである 

 

 

「クラブの経営健全化と公正な競争環境」。はい。この主張にほとんど直接的に反論しているのが、『「ジャパン」はなぜ負けるのか  経済学が解明するサッカーの不条理』の著者であるステファン・シマンスキの2014年の論文、『Fair is Foul: A Critical Analysis of UEFA Financial Fair Play』である。趣旨を要約してみよう。

ideas.repec.org

www.amazon.co.jp

 

「フィナンシャル・フェア・プレイ」という名前は極めてミスリーディングで、そもそも目指しているのは「フェア」ではなく「効率性」という方が正確である

    • FFPの導入時にUEFAが宣言した目的は以下の通り
    1. to improve the economic and financial capability of the clubs, increasing their transparency and credibility;
    2. to place the necessary importance on the protection of creditors and to ensure that clubs settle their liabilities with players, social/tax authorities and other clubs punctually;
    3. to introduce more discipline and rationality in club football finances;
    4. to encourage clubs to operate on the basis of their own revenues;
    5. to encourage responsible spending for the long-term benefit of football; and
    6. to protect the long-term viability and sustainability of European club football.”

じゃあその経済的効率性の観点から見て有効なルールなのかと。

 

効率性の観点から見て的確なルールではない

  • 確かに、2011年時点で欧州のトップディビジョンのクラブのか半数以上(63%)は営業赤字を計上していた。経済的効率性の観点から考えれば、欧州サッカーは供給過剰だった
  • FFPは、欧州全体で経営規模を縮小することで、過剰供給を是正しようとするものと解釈できる。移籍金額の減少は選手の給与を下げる圧力を与えるので、選手供給・クラブ供給の減少にもつながらない
  • 一方で選手の給料が下がれば、現状ですでに利益を生んでいるクラブは余剰分を強化に使える。つまり、売上が大きいクラブには有利に働く
  • さて、このバランス調整効果は効率性を特に高めたりはしない。オーナーたちは自分たちで望んでキャッシュを注入しているのであり、それが出来なくなれば別のオーナーが出てくるだけの話だ。サッカークラブは確かに多くが赤字だったが、にも関わらずそのせいで解散する羽目になったプロチームは殆どない
  • ぶっちゃけ、UEFAの会長だった頃のプラティニの発言からも伺い知れるように、FFPは最初からシュガーダディ(私財を投じる裕福な個人。例えば、チェルシーロマン・アブラモヴィッチや、シティのシェイク・マンスール)を狙いに来ているのだが、もしFFPが効率性を高めるためのルールだとすれば、シュガーダディを規制する理由はない。むしろ移籍金支払を通じて彼らの投資は業界全体に分配される。
  • シュガーダディによる投資は「サステナブルじゃない」という人もいる。本当にそうなのかは明確ではない。一つ言えるのは、サッカーに投資したいシュガーダディの数は増える一方だ。
  • 欧州サッカーに規制を持ち込むべきだと言うなら、この質問に答えなくてはならない:市場の失敗が明確に見えていないのに、なぜ規制を持ち込む必要があるのか?
  • むしろ、間違った規制は効率性を低下させ、サッカーに投じられる資源を欧州から他地域へ移してしまう要因になる。

 

かといって“フェア”でもない

    • 「自前の」売上以外に頼るのはフェアではない-とする。問題なのは、何が「自前」なのかを定義するのは難しいということだ。サッカーファンは、自分たちのクラブはスポーツ面に関する努力(だけ)を源泉として人気やブランドを築いてきたのであって、自分たちのクラブの収入は「きれいな金」だと思いたがる。実際には投資家に頼ったり、宝くじを売ったり、製造業を始めたり、サッカークラブは(サッカーに直接関係ない)ファイナンスの努力を様々繰り返してきた。本当に自分たちのリソースだけをもとに始まったクラブなどないのだ。
    • だが真の問題は、「公正さ」を追求する上で本丸であるはずの収入分配の仕組みが無視されていることだ。そっちの方がよっぽど効果的なのだが。

     

2つ議論があって、まず「フェア」と名乗るからには公正さを対象にすべきである(さもなくばミスリーディングである)という話。もう一つが、ここで言う「フェア」とは「自前」の、サッカー面だけに起因する売上の範囲内でお金を使うことを指しているのであって、「オーナーの私財や銀行からの借り入れによる損失補填」はアンフェアだ、という主張について、その定義は非常に恣意的かつ副作用が大きいですよねという指摘。

 

若干話は逸れるが、3月のFinancial Timesでのアンドレア・アニェッリの発言が思い出される。曰く、ローマのように過去CLで継続的に素晴らしい成績を残したクラブが、1シーズン成績が悪いだけでCLに参加できない状況はフェアなのか、これでは投資家を安定的に呼び込むことができないと。アニェッリくらい、顔に「偽善」と書いてあるような人間も珍しい。ラットレース的競争であるプロスポーツの中に、初期投資を著しく制限するルールがある方がよっぽど投資意欲を削ぐと思われるが。(まあ、シティのアル=ムバラクのように露悪的になるのもどうかと思うが)

 

競争を歪めることについての指摘はFFP導入当時から存在した。経済学者のヘニング・フェーペルは「過去の事例から見て、破綻も独占も、プロサッカー界において深刻な問題にはなっていない」「プロコン両面を勘案して、FFPは不完全かつ効果が不明確な上、モニタリングのコストが大きいため、適切な規制だとは判断し難い。」と指摘している。

https://core.ac.uk/download/pdf/6692916.pdf

 

Empirically, neither insolvency nor monopolization has been a serious problem in professional club football. There is no clear evidence that the competitive balance has been distorted more heavily as a result of recent developments in the European club football than in previous years.

 (中略)

Moreover, it would have to be proven that a single club’s disappearance from the market due to insolvency could have negative external effects or even exhibit systemic risks due to its high systemic importance or relevance for the European club football as could be assumed for clubs like FC Barcelona, Real Madrid or Manchester United.

 (中略)

According to the UEFA, Financial Fair Play is aimed at rebalancing competition and enhancing long-term financial stability in European club football. This is to be reached by a “break-even requirement” that limits a club’s deficit and restricts the influence of patrons and investors. Summing up all pros and cons, it can be concluded that Financial Fair Play does not seem to be an appropriate regulation because it is incomplete, of uncertain effectiveness and very costly to monitor compared to potential benefits.

 

 

また、ボッコーニのグループが行ったFFP導入後の効果に対する定量的な分析では、「損失削減(PL改善)には効果が現れている」が、そのことと「負債水準の低減(B/S改善)とCFの改善がついてきていない」との結論が提示されている。破綻の危機を回避するのが目的だったなら、そちらが本丸でなくてはならない。

papers.ssrn.com

 

 

結論

シマンスキとフェーペルの主張をまとめると以下のようになる。

  • FFPの目的はクラブの経営健全化と公正な競争環境の確保である→「公正な競争環境」は実質的には目的と言い難い
  • FFP導入前の欧州サッカークラブの財政状況はリスクが大きかった→赤字であることが直接的な破綻には繋がっていなかった。
  • オーナーの私財や銀行からの借り入れによる損失補填(赤字の穴埋め)は①赤字経営の原因であり、②「不健全かつアンフェア」であり、厳しく制限するべきである、とUEFAは考えていた→①は遠因の1つにはなるだろうが、オーナーに保証を求めるとかもっと効率的かつ反競争的でないやり方はあり得る。②もっと是正すべき公正さはある

 

以前書いたが、去年まで降格を現実的な可能性として捉えていたようなチームが、大富豪に買収されたからといって数年でタイトルが争えるようになるとムカつく、という心情はよくわかる(実際のところ、金だけで成功するのは難しいのだが)。

一方で、規制が存在しなかった時代に様々な手法で得られた先行者優位による格差をFFPが拡大・固定化する可能性は施行時から指摘されており、かつ現実になりつつある。それに対して、今更「結果的にはそういう側面もあるかも知れないが」というのは牧歌的にすぎるだろう。