プロジェクト・ビッグピクチャーのインパクトと不条理について
泥棒がたまたま火事場にいるんじゃない、火事場が泥棒を引き寄せるんだ。
リヴァプールのオーナーであるジョン・W・ヘンリー、マンUのオーナーであるグレイザー家、そしてEFL会長のリック・パリーが提案したプロジェクト・ビッグピクチャーのおかげで、日曜から大騒ぎになっている。
提案の内容は、こちらに詳しい。
ただテレグラフは英語だし、ペイウォールがあるんですよね。日本語でまとめたもの、そして再編案の当事者であるEFL(2部~4部リーグ)の現状をまとめた資料としては、下記が詳しい。
想定される金銭的なインパクト
この案が通ったら(通らなかったが)、果たして実際どの程度の影響があったのだろうか。不確定要素もあるが、さくっと「Back-of-envelope」な計算をしてみたい。金額は18/19シーズンのものを使っている。
現時点でプレミア(EPL)→EFLに流れている金
- パラシュートペイメント:£265m
- ソリダリティペイメント:£106m 合計£371m
内訳:チャンピオンシップ(CS、2部)が£344m(93%)、リーグワンが4%、リーグツーが3%。
PBPが実行された場合のEFLへの収入
―)パラシュートペイメント £265m
+)放映権料 £3,000m x (25%-4%) = £630m
計)+£365m。
CSを例に取ると、このうち75%がCSに入るので、365 x 75% =£274m。1クラブ当たり+£11mの収入増加になる。
EFLへのインパクトの大きさ
- パラシュートペイメントを受け取っていないCSのクラブの平均収入は£23mなので、+11mがあれば売上が約5倍に増える。
- また、リーグ全体で人件費は売上よりも£52m高いという危険な状態にあるが、年間£274mの追加収入があればそれも埋まる。当期利益で黒を出すまでには至らないが、少なくともキャッシュフローを大幅に改善するだろう
- よって、EFLクラブの大半がPBPに賛成だったというのも無理はない
+)パラシュートペイメント £265m
―)放映権料 £3,000m x (25%-4%) = £630m
―)グラスルーツ分配金 £5,157m x 5% = £258m
計)マイナス £623m
上記は各クラブほぼ一律に拠出することになると想定されるので、1クラブ当たりの収入は約£35m減ることになる。
どれくらい痛いのか?
プレミアリーグ各クラブの収入を比べて見ると、大きく3つか4つのグループに分けることができる。
ビッグ6にとって年間△35mのマイナスは年間6~9%の売上に相当するが、欧州カップ戦の出場如何で変動する額よりも小さい。ビッグ6のどこも、£35m引かれても人件費割れ(人件費引いた時点で赤字になる状態)しない。
ウェストハム以下はインパクトが大きい。年間18%~29%の売上減になり、14クラブ中5クラブは人件費割れする。また、PBP案では各クラブが年間8試合まで放映権料を独自に管理できるが、中堅以下層がこのアップサイドを取る難易度は高い。
よって、プレミアリーグの上位層には影響は小さく、かつ(A)放映権料の分配における順位の比重が高くなること、(B)ルール変更のアップサイドを取りやすいことから、プレミアリーグ内での収入バランスは上位層に集中するのではないかと予想される。
PBPのおかしい点
「サステナビリティのために下部リーグへの分配を増やす」ということと、「プレミアリーグのガバナンスを上位クラブに集中させる」ということは、全然関係がない。全く違う2つの話が、トレードオフとしてプレートに載せられている。「やらない善よりやる偽善」という指摘が一部にあるが、「ガバナンスを明け渡す代わりに資金を受け取るか、破産するか」という問題のフレーミング自体がおかしいのである。下部リーグを救いたかったら前者だけやればいいし、そうすべきなのだ。
そもそもEFLのクラブが慢性的な資金難に喘いでいるのは現行の放映権料分配ルールの影響が大きく、それを決めたのは今のプレミアリーグを作った当時のビッグクラブだ。人の首を絞めて、絞めて絞めて絞めて、死にそうになってから離してやるとむしろ感謝される、というのは社会の哀しい一面だが、それを見て見ぬ振りするのは人心に悖るだろう。
というところで、プレミアリーグ内の緊急会議でPBPは却下された(リバプールとマンUも含めた全会一致で廃止という点が笑わせてくれる)。
All 20 @premierleague clubs agreed Project Big Picture “will not be endorsed or pursued”. Agreed to work “on a strategic plan for the future structures and financing of English football”. Will consult Govt, EFL and fans “to ensure a vibrant, competitive and sustainable pyramid”.
— Henry Winter (@henrywinter) 2020年10月14日
もちろん、次はCSへの短期救済案と、プレミア・EFL全体の収入配分の再編案を実行する必要がある。前者はプレミアリーグが担保するなりして早期に融資を取り付けるべきだが、緊急性が高いリーグワンとツーにひとまずの融資策がまとまったようなのでそれは安心した。後者の決定に当たっては、ファンの意見を反映した議論が行われるべきだろう。そう、私は今、べき論を話している。べき論なかりせば、ただ強い方、金がある方に流れてしまうだけだから。
ちなみに、PBPの出現に際して、わずか2日足らずの間にプレミアリーグ、しかもビッグ6のファンから組織だった抗議運動が出てきた点は特筆しておくべきだと思った。Integrityとはこういうことだと思う。
Joint Statement: Project Big Picture
— Kevin Parker (@KevinP184) 2020年10月13日
The OSC joins fans of Arsenal, Liverpool, Spurs, Chelsea and Manchester United to oppose Project Big Picture
Just spoken to Man City fans group @WeAre1894 who say 96% of their members oppose Project ‘Big Picture’
— Alan Myers (@ALANMYERSMEDIA) 2020年10月14日
イングランドのサッカーリーグの改造余地
ちなみに、「起こってほしくはないが」という仮定付きで、ビッグクラブがより「イングランドのサッカーリーグが持つ素晴らしい商業ポテンシャルを解き放ち」、「より大きな価値を世界に届けることができる」かもしれない案としては、何があるだろうか。
プレーオフの創出
リーグ戦の終盤には、視聴率的に死に試合が結構出てもったいない。2/3くらいやったところで上位6から8クラブだけがプレーオフに進み、2ヶ月くらい戦って優勝を決めるようにすれば、1試合当たりのPPVは高まるかもしれない(試合数全体の減少と天秤だが)
上位クラブへの固定分配制度の設立
海外におけるイングランドサッカーの人気を牽引し、グラスルーツや女子サッカーにも多大な貢献をする大手クラブに、貢献への対価として特別待遇枠の固定分配金を設ける。大手クラブの収益性は更に安定し、投資家に対して確実なリターンを保証することができ、サッカー界を牽引するための投資が可能になるという、正のサイクルが回せる。
リーグ戦の海外開催の導入
アメリカ、極東、中東、アフリカ、東南アジア・・・プレミアリーグ観戦を夢見ていても、様々な理由でそれを果たせないファンは世界中にいる。彼らに一生に一度のプレミアムな体験をしてもらうことで、プレミアリーグはもっと大きな価値をファンに届けられる。
他リーグ選抜との“ドリームマッチ”の創出
3年に1回、ラ・リーガ、ブンデス、セリエ、リーグ・アン、エールディビジ、あとはポルトガル辺りのリーグ選抜チームとのトーナメントを開催する。リーグカップとコミュニティーシールドの廃止、FAカップの短縮でカレンダー上の余裕は作れる。
FAカップリプレイの完全廃止
疲れるだけだ。
と、ここに挙げた例がどの程度現実的かは置いておいて、商業的なポテンシャルを追求しようと思うと、リーグのフォーマットから何から変えられる可能性がある。それが良いか悪いか。少なくとも、ファンの意見を十分に聞いて議論が行われるべきだろう。