スーパーリーグ騒動に関する雑感

その名も「ザ・スーパーリーグ」(以下TSL)である。「ザ」て。
「ヨーロピアン」をつけないところに、俺たちの客は中国と中東・アフリカだが?という意気込みをビンビンに感じる。

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日曜深夜の宣言初日こそサッカー界に激震をもたらしたTSLだったが、その後いつまで経っても記者会見もオフィシャルウェブサイトもデモムービーも出てこず、意思決定を下したはずの各クラブの経営陣は雲隠れという異様な手際の悪さで加速度的に状況が悪化。

辛うじて月曜深夜に首魁の一人フロレンティーノ・ペレスが地元トークショーに出てみたものの時既に遅し、火曜午後の段階で

  1. 英国を中心にファンの抗議行動が勃発、
  2. プレミアのTSL参加組の選手が断固反対で一致妥結、
  3. 大御所監督陣からも総スカン、
  4. さらにボリスにウィリアム王子まで前のめりで反対派へのサポートを表明

というブリテン4連パンチを叩き込まれ、イングランド勢が腰砕けとなって一瞬で決着した。

最後はアニェッリが「俺たちの戦いは終わらない」という車田正美感あふれるメッセージとともにプロジェクトの停止を仄めかすも、レアル、バルサ、ユーヴェの3巨頭は結局TSLから離脱せず、恐らくは違約金を人質にしての籠城を決断。スポンサーのJPモルガンも弱気のステートメントを発する中で、もはや令和の鳥取城といった様相を呈している。

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そもそもそんなにその主張に義があると思うなら、TSL側は日曜深夜11時にプレスリリース1枚だけ出してあとは黙り込むのではなく、ファンにも各リーグにも選手にもUEFAにも正面から宣言して回るべきだっただろう。UEFAの新CL案に対して真正面から反対宣言出すとか。アニェッリもビジョンや危機感はわかるが、わざわざ前日にUEFAのチェフェリンに「うんうん、全然嘘!大丈夫!安心して!!」と電話で明言してから裏切るなど、今回はシンプルにおもろい嘘つきすぎており、今から明るい未来をサッカー界に提示しようとしている人が取る態度としては厳しいものがあった。顔を晒す勇気があるのがフロレンティーノだけってあんた。

 

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私は騒動が始まってからは下らないことばっかりTwitterで呟いていたが、色々思うところもあったのでいくつかまとめておきたい。

 

 

TSLは何がまずかったのか

思うに致命的だったのは、その「サッカー界を救う」「これまでにない観客体験」の具体的なイメージが全然示されなかったことではなかろうか。今回の提案は要するに「欧州サッカーという知的財産の価値の源泉は我々ビッグクラブのブランドであり、(現状の管理団体では埒が明かないので)我々に好きにさせてくれた方がみんな豊かになるのだ」という主張であり、これ自体は理屈としては成り立ちうるが、それだけ言うからにはさぞすごいものを見せてくれるんでしょうねと思ったら特になにもないのである。口頭説明と文章だけでは厳しいだろ。

 

これだけ大きく構造を変えようとするからには、記者会見と同時にオフィシャルYouTubeInstagramTikTokチャンネルに動画を投稿、スーパースターの共演をスマホで観て中国のティーンエイジャーが熱狂するおしゃムービーが全世界を席巻する、とかやってたらまだ空気は違ったと思うが、74の爺さんが「今の10代は」とか言ってるだけではかなり厳しい*1。あれではTSL肯定派も擁護するのにいちいちTwitterで言葉を重ねざるを得ず、伝播力がなさすぎた。

 

まあ、というようなことは既にNYTが書いているが。

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財務的インパク

TSLに入るメガクラブの経営が改善するのかという点に加えて、フロレンティーノの言葉を借りれば「フットボールを救う」のであるから、TSLに入らない無数のクラブにとっても経済的に良いディールである必要があるが、報道されている内容を見ると、実体はまず間違いなく「TSLに招待されなかったクラブから収入を剥がしてメガに配分する」という結果になっただろう。このままだと皆死んでしまいます、よってまずあなたを殺します。

 

TSLが今よりも高額の放映契約を得られるとすると、それだけTSLメンバーのブランドに価値があることになり、つまりTSLの価値が高い分だけCL/ELの価値は下がることになる。また、CL出場権を争う必要がなくなる国内リーグの価値も下がるので、放映権料は下がる。

 

「その分改革して魅力を高めてトップラインが伸びて補填できるんですよ」と言いたいのだろうが、TSL発足で失われる分を埋め切るためには

  1. 放映権料がDAZNが払うと報道された額よりも圧倒的に上振れし、
  2. CL/EL・国内リーグの放映権料がさほど落ちず、
  3. TSL側が相当量の連帯分配金支払に合意する、

というミラクル3連発が重なる必要があり、しかも③がTSL側の胸先三寸とあっては信じろという方が無理があった。「連帯分配金(TSLに参加しないクラブへの分配)が今後成長の中で100億ユーロを超えていくと予想されます」というプレスリリースに至っては、報道されているDAZNの放映権料が全体で35億ユーロなのにお爺ちゃんいくらなんでもフカシにも限度がありますよという他はない。
(→この部分は誤解で、こういうことでした↓。一見すると6割増しじゃん!という感じだが、上に書いたようにCLも各国リーグも多分放映権料が減るので、全体としては雀の涙、しかも額固定だから多分金利上昇分とか無視というすごい条件になっている)

 

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あとビールを2パイントくらい入れたあとの友人との会話で出てきた説なのでどう扱っていいか自分でも困惑してるが、TSLは欧州サッカーのブランド価値を短期的にキャッシュに換えて投資に充てようとというものであるが、DCF的に言えば事業の価値を決めるのは5年程度のキャッシュフロー予測よりも圧倒的に長期の成長率である。その点でこの記事にもあるように、クラブ以外の育成組織が弱い欧州各国において、アマチュア市場を焼け野原にしていくTSLの計画が長期の成長率を担保できるかは怪しく、少なくともこれだけの変化を起こそうというには説得力が無さすぎた、というのも一理あるなと思っている。

 

ちなみに、「TSLのメガクラブの売上が伸びればその他のクラブは選手の売り手として商売ができる」説についても、20クラブ×25人=500人しか市場がないこと、TSLの中では移籍金の比率に制限がかかることから、現実味は高くないと見ている。

 

競争バランス

個人的にTSLの残念な点は、競争のバランスを取り戻すという課題を解決しなさそうなことだ。まずメガクラブとその他の格差については、コレはもういっそ切り離してなかったコトにしましょうという話であり、部屋の中に象がいるからといって目を瞑っても解決にはならない。

 

メガクラブ間の競争バランスに対しては「給与とネット移籍金が売上の55%」というキャップがある分多少マシになっているように見えるが、結局P/Lの外でどれだけ有利な条件を構築するかの勝負になって、結局は軍拡競争の末のキャッシュ枯渇という今と同じ状況に陥ると思われる。

例えばシティ、PSGといった産油国勢をどう制限するかという問題があるが、彼らが有利なのは突き詰めると①投資ホライズンが長い(だから短期的に利益を追求しなくて良い)、②リターンの間口が広い(だから他の株主を入れることもできる)、③手元キャッシュがある(だから育成や施設といったFFPの対象範囲外だが間接的に利益につながるものに投資できる)という3点から来ているのであり、TSLの仕組みでも別にこれは解決しない*2

アブダビのオーナーはもう6年間もシティに直接金を入れていないが、それでもシティは資金的にマンUを除くライバルに対してある程度優位にあるのはそういうことだ。この差を本当になくそうと思うと全クラブをリーグの子会社にして株式発行を封じて費用は上から配った分だけにするという手もあるが、そうなるともはやペレスとアニェッリ間ですら刺し合いが始まってしまうだろう。

 

 

ステークホルダーの利害

と色々言ったが、本件様々なステークホルダーの利害が錯綜しており、魔法の杖は存在しない。 

例えば日本で大人気の「UEFAが元凶」論。多分Niziuより人気がある。今回の件に至ってはUEFAはCL放映権料の7割を懐に入れている」というかなり思い切った怪情報が飛び出す大盛況であった。

 

実際のところUEFAは総収入の87%をクラブ・各国協会に分配しており、残りの13%も審判の派遣、情報通信機器の整備、イベント開催費用など必要経費に消えて、最終的には赤字である*3。よって、これ以上UEFAが絞り出せる金はほぼ無い。「UEFAちゃんとしろ論」に立つならば、むしろUEFAはもっと受け取るべきですらある。

 

それはさておき、この記事に詳しいように、UEFAはアマチュア含めたサッカー界全体の統括団体なので、「UEFA vs メガクラブ」という利害対立があるとしたら、それは「弱小国・弱小クラブ vs メガクラブ」の対立である。文句を言われながらもUEFAネーションズリーグを止められないのは、そこで稼いだ金を各国協会の草の根の活動資金に充てるというミッションがあるからだ。そして、そのNLや親善試合もメガクラブの圧力を受けて昔に比べるとかなり減っている。悪評高い新CLの方式も、元はと言えば「試合数は増やしたいし安定してCL出場を確保したい」というメガクラブの圧力で形成されている。ギュンドアングアルディオラUEFAに文句を言うのは結構だが、自分たちの雇用主にも同じように文句を言うのが筋ではなかろうか。

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TSLのような、ブランドを目先のキャッシュに変えて下を切り捨てて生き延びるという戦略は持続性がなく、価値の源泉である選手と、雇用主であり資金調達主体であるクラブ、市場拡大機能を担っている各国協会(代表)の三者が長期的に安定した関係を築けるスキームを模索していくより他はない。で、実際には短期的には誰かが痛みを享受するしかなく、キャパが小さいところがそれをやっても意味がないので、それを引き受けるとしたら主にビッグクラブと選手ではないかと思っている。

 

価値を生む資産である選手の保護のためにカップ戦を中心として試合数を減らすが、その代償として給与の削減・ボーナス比重の増加に合意を取り付ける。試合数を減らして減った収入に対しては下位・辺境国への分配を増やして補填するとともに、CLとその他の段差を小さくし、過剰投資を抑制する。分配ルール変更でメガクラブの資金繰りが厳しくなる場合、長期のデットかエクイティを引いて対応する。メガクラブの資産はその耐久力のあるブランドであり、セリエAブンデス、プレミアに投資ファンドが殺到している情勢から見ても、メガ・準メガなら資金調達できそうに思われる。併せて、売上比率か絶対額でサラリー+移籍金キャップを設けて競争バランスをコントロールし、リーグの競争性を高めてパッケージとしての価値を高めていく。

 

とかね。メガクラブにとっては既得権益を一定程度手放すことになるが、それを嫌って焼畑農業しても長期の成長率を保てないと思う。上手くいくかは何とも言えないが。
(追記:NYTのこの記事が良いこと言っているが、ビッグクラブが痛みを引き受ける、というのはとどのつまり、ファンがもっと負けることを許容するということだ。しかしながら、Twitterのようなメディアの普及と近年の各リーグの寡占化によって、事態はかなり逆の方に行っているように見える)

 

で若いファンを開拓するというのは、それはそれでやれば良いと思う。NBA・NHLがやっている新しいソーシャルメディアや配信系サービスへのアプローチとか、周辺層にコンテンツ制作に参加させてファンにしていくような間接的なエンゲージメント施策とか、やれる余地は広い(広くなければCVCがセリエAの放映権料管理会社に出資したり、ブンデスの配信プラットフォームにファンドが群がったりしてないだろう)。

 

マンチェスター・シティ

ちなみに我がマンチェスター・シティだが、直前の金曜日になって初めてマジでTSLやるということを聞かされ、じゃあ皆行くなら・・・ということで最後尾から参加、情勢が危うくなると真っ先に逃げ出すというなんともご立派な醜態を晒していた。唯一強みがあるとすれば、ペレスが言うところの「違約金があるんだぞ!」は、アブダビが本気になれば痛くも痒くもなさそうなところだろうか。強みて。

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で、競争のバランスを取り戻すという意味ではそろそろ潮時だと思っている。そもそもシティとPSGはFFP疑惑を通じてUEFAの権威失墜に一役買ってしまっており、メガクラブの無法化を加速させたと言われても反論できない立場にある。また、「FFPの計算対象外になる育成や姉妹クラブで利益を生んで本社に還元」みたいな合法だけどそりゃ資金力で差が付くわなみたいな戦略を取りながらリーグのブランドの恩恵には預かる、というのは他のクラブからずるいと思われるのも無理はなく、そろそろ規制入れていかないとスポーツ自体の価値を損なうと思う。 

 

TSLへの提案

さて。ボヤッとした提案ばかりしていても何なので、最後にどうしてもTSL籠城を選ぶ場合の具体的ソリューションを提示しておきたい。TSLが焼畑農業的であるもう一つの理由は、世界のトップ20だけを囲い込んでリーグ化しても、そのうち味噌っかすになるクラブが出てくるという点にある。ブランドが希薄化してしまうのだ。また今回シティとチェルシーが示したように、数を増やせばそれだけ切り崩しにも弱くなる。

 

そこで提案したいのが、スーパー空(キャ)リーグの設立である。

世界最高のクラブが虚空を相手に戦う、これ以上ブランドの希薄化しようがない究極のスーパーリーグ。それがスーパー空リーグ。スポーツは違うが、イメージとしてはこんな感じだろうか。

 

スーパー空リーグには対戦相手との接触が存在しないため、選手の疲労は現状よりもかなり小さくなり、興行上のボトルネックである「試合数が増やせない」という問題を大幅に改善できる。恐らく年間300試合は可能だろう。

また、調整の必要がないため試合時間も区切り放題であり、45分間はCMを入れられない既存のサッカー中継よりも遥かに多く露出機会をスポンサーに提供することが可能である。相手をなくすことで試合展開の操作性と多様性は比較にならないほど向上するため、オンラインベッティングやライブ配信での投げ銭にも相性が良い。「空」というオリエンタルな概念を取り入れているところも、巨大な中国市場で顧客との親密な関係を築く上でプラスになるものと見込んでいる。

 

 

 

どうだろうか。

 

実にしょうもない話をしたという確信は、私にはあるが。

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*1:そもそもGenZにアピールしたいと言っているわりにオーセンティシティを丸無視しているところもなんかセンスねえなと個人的には思う

*2:ちなみに、((「UEFA元凶説」と並んで大人気の「FFP機能してない説」であるが、その空想上のFFPが完璧に機能したところでこれは解決しない。そもそもFFPは各クラブが競い合って投資するという行為を止めるようには設計されていないからだ。欧州クラブの財務健全性を改善するという当初の目的についてはバリバリ機能している

*3:欧州選手権がある年だけは、全体の2%程度が純利益として残る