ボリスタ対談で言いたかったこと、及び欧州サッカーの行く末
- プロの投資家がクラブを欲しがるようになっている
- 彼らは投資リターンを高めるために、欧州サッカーの枠組み自体を変えようとしていく
- アイデンティティが揺らいだ反動で、各クラブの「本物っぽさ」を語るためのストーリーメイキングに金が使われるようになる
- サッカーファンは自分がどっちに行ってほしいか、自分の意見を持っといた方が良いのでは
Footballistaの10月号で、サッカージャーナリストの片野道郎さんと、ミランファンでFFPに詳しいSchumpeter氏と対談をさせて頂いた。雑誌に収録された対談を見直してみると、何を言いたいんだかイマイチよくわからねえなこのおじさんはって感じで、大いに自分の発言を反省したところです。対談って難しいね。Podcastで人気出てる人とかすごいよな。
まあとにかく。この号の発売からこの年末までのわずか数ヶ月の間にも、サッカー界のあり方を揺るがすような出来事がいくつもあった。それらのいずれも、自分が対談のときに言いたかった(けどあんまり面白い感じに伝えられなかった)内容に関連することばかりなのである。ということで、この年末にもう一度、この先欧州サッカーにおいて何が起こりそうなのかについて自分の考えをまとめておきたい。
プロの投資家がクラブを欲しがるようになっている
90年代のイングランド、イタリア、フランスでは、サッカークラブはもっぱら成功したローカルのビジネスマンが持つものだった。2000年代から2010年代になると、アブラモヴィッチやタクシン、ヴィンセント・タン、シーク・マンスールといったストラテジックなオーナーが増えてきた。「ストラテジック」というのは、直接的な金銭以外の見返りを求めている投資家という意味だ。目的は色々あるが、少なくともサッカーそのものから利益を上げることは目的にしていない人たちだ。
そして、2010年代も中盤になると、その「利益を上げること」が目的なオーナー、つまりフィナンシャルな投資家も目立つようになってきた。一番特徴的なのは、プライベートエクイティファンド(PEファンド)やヘッジファンドといった、他人の金を預かって投資している人たちがサッカークラブ、あるいはリーグに投資し始めたことだ。彼らが持っているのは他人の金だから、数年後には一定のリターンを出す必要がある。金儲けにガチなのだ。
具体例を挙げれば、リヨンの株式の20%、ボルドーの株式の100%はそれぞれ別のアメリカのPEファンドが持っている。マンチェスター・シティの親会社であるCFGも、株式の約20%を中国とアメリカのPEファンドが取得している。リヴァプールのFSGは厳密に言えばファンドではないが、ストラテジックといよりはフィナンシャルな投資家だ。
で、この人たちにとってコロナは、サッカークラブやサッカーリーグといった優良アセット(投資対象の資産)が安値で買える大チャンスである。買う側には金が余っていて、買われる側は金に困っているからだ。
そして、スポーツはコロナで打撃を受けた他の産業ほどには、構造的な変化がない。例えば、最近Ocadoとセインズベリー*1のネットスーパーが便利すぎて、私はほとんど近所のテスコに行かなくなった。多分コロナが収束してもそのままだろう。でも感染の心配がなくなれば多分大半の観客はスタジアムに戻る。そういうわけで、世界中のPEファンドが今欧州サッカーに大集合しているのである。*2
まず、セリエAの放映権(の管理会社の株式の一部)が、入札の結果CVCというファンドの手に渡った。セリエはブランドがある割に放映権料がプレミア、ブンデス、リーガと比べて低すぎるという現状があるから、金を入れて色々と手を加えればこの価値が上がって儲かるぜ、というストーリーが描きやすい。
さらに、ブンデスリーガが考えている海外向けのサブスクリプションサービスには20以上のPEファンドが殺到している。
金儲けにガチな人たちが入ってくるようになったというのは、彼らが欧州サッカーをこう見ているということだ。
1) 欧州サッカーは今後、さらに成長する
2) 欧州サッカーは投資リターンを期待できるくらいの規模と安定性がある
3) 一方で、欧州のサッカークラブやリーグのこれまでの運営方法にはまだ改善の余地がある
もう一つの原因は、単に富裕な(といっても、とてつもないレベルの富豪だが)個人のレベルでは、もはや5大リーグが求める量の金を出せなくなってきたことだ。だからもっと懐が深い、機関投資家を頼るしか無い。外資への売却を禁止し続けているドイツも、バイエルンとドルトムント、あと辛うじてシャルケ以外は、もう競争についていけなくなってきている。
彼らは投資リターンを高めるために、欧州サッカーの枠組み自体を変えようとしていく
ガチになったアメリカ人とは戦わないほうがいい、というのは人生のほとんどに通用する真理だ。あいつら遊びとかないから。で、人がガチになるタイミングの1つは金だ。
ところで、普通のビジネスでは利益を高めるために競争戦略があるわけだが、スポーツビジネスにはそれが適用しづらい。かの有名なポーター氏は「戦略とは競争を避けること」と言ったが、スポーツは競争することがビジネスだからだ。国内の競争が激しいので海外のリーグに移籍しますとか、ライバルクラブが強いのでうちはハンドボールで勝負します、とかいうことは出来ない(全社的な戦略としてはなくもないが、少なくともサッカー事業の経営戦略ではない)。じゃあどうするかというと、やっぱり構造に手を入れるのが効く。構造というのは、リーグの構成とか、日程とか、昇降格の条件とか、議決権とか、そういう形式と決まりごとのことだ。
そういうわけで、欧州スーパーリーグや、孫正義とFIFAが主導する新大会の構想が生まれてきた。市場が拡大していると言っても、我々ファンがサッカーに使える時間と金は限られているから、安定して利益を出すためには、市場の中でもっとでかい取り分を安定して取れるようにしたい。欧州スーパーリーグができれば、ファンの注目は「バルセロナvsレクレアティーボ」よりも、「バルセロナvsリヴァプール」に集注するだろう。しかも今のCLと違って、ビッグマッチが毎週ある。CL圏に入れずに100億円の収入を逃す心配もない。ビッグクラブだけの箱庭で、安定的に利益を享受していられるのだ。
もちろんそうなれば、各国リーグの価値は多分落ちる。セリエAの放映権を手に入れたCVCは、「もし欧州スーパーリーグができてしまったら、この契約を破棄して逃げられる」という緊急脱出条項を入れようと躍起になっている。
リヴァプールとマンチェスター・ユナイテッドのオーナーが主導した「プロジェクト・ビッグ・ピクチャー(PBP)」は、資金難の下部リーグに短期的に金を出す代わりにビッグクラブに権力をよこせという提案だったが、これもそういった動きの1つだ。PBPの提案の時点で国内カップ戦とコミュニティシールドの廃止、チーム数の削減が既に入っていたが、ビッグ6が議決権の過半を取れればこのあとも色々とリーグフォーマットの改変ができる。上位クラブだけでプレイオフをしてもいいし、アジアやアメリカで開幕戦をやってもいい。この動きがアブラモヴィッチやADUGからは出てこず、アメリカ人投資家のFSGとグレイザーから出てきたというのはそういうことだ(アブラモヴィッチやADUGにしたところで、話があれば乗っかるだろうが)。
F1では実際にあった。F1は2006年に米ファンドのCVCが9.5億ドルで買収したが、その後はF1を開催したがっている非伝統国(アゼルバイジャン、インド、韓国)に開催権を売ったり、レースの開催数を増やしたり、放映権料の配分を変えたりした。CVCは10年後に約7倍の67億ドルで売却に成功した。IRRが21%だから、そんなに悪くない儲けだ。
何が言いたいかというと、今後増えていくはずのオーナーや投資家は、リターンを確保するために、これまで我々が当然だと思ってきたフォーマットを変えるだろうということだ。例えば、
- 各国のリーグがあって、独立したクラブが各リーグに所属している。
- リーグの中で上位数チームに入ればCLに出る。
- CLの下にはELがある。
- 自国のリーグで下位に沈むと降格の危険がある。
- チケットの値段はこれくらい。
- 2年に1回W杯かEURO。
- コパとアジアカップとネーションズカップはその間にちょこちょこ。
- クラブワールドカップもある(誰も見てないけど)。
そういうものが全部変わって、例えば欧州トップの12クラブだけで行うスーパーリーグが出来るかも知れないし、4部以下のクラブはノンプロ化するかも知れない。待て待て、大体試合が90分じゃないとダメって誰が決めたんだっけ?みたいな。
リーグの枠組みに比べると比較的どうでもいい領域かもしれないが、例えば今シティがやっているような「複数クラブのネットワークを複数のリーグにまたがって広げる」という手法、あれが流行りそうな気配がある。例えばリヴァプールを所有しているFSGも、欧州で別のクラブを買おうとしているという噂がある。理屈としては当然で、違うリーグに色々持っておくほうが便利なのだ。例えば最近禁止されたローン規制も、最初から姉妹クラブに獲得させれば回避できる。
アイデンティティが揺らいだ反動で、各クラブの「本物っぽさ」を語るためのストーリーメイキングに金が使われるようになる
もともと欧州のサッカークラブは、その土地の文脈に強く影響を受けている。でも海外にファンが増えて、かつ投資家が金銭的なリターンを求めるようになると、海外ファンを意識した意思決定が増えていき、その土地固有の文脈からは切り離されていく。
いい例だなと思ったのが、リヴァプールのチケット値上げ問題。街としてのリヴァプールは、欧州でも有数の左翼の都市だ。1971年以降保守党が勝ったことはない。サッカークラブとしてのリヴァプールも、サッカー界でも最も労働者寄りの、社会主義的なクラブだと言われている。
だからチケット値上げとか、PBPとか、そういう件には地元のファンはしっかり抗議している。労働者のクラブというアイデンティティを損なうからだ。でも海外のファンの中には、ぶっちゃけどうでもいいという人も多いだろう。クラブとしてのリヴァプールに思い入れはあっても、都市としてのリヴァプールに思い入れがあるとは限らない。こういう風に、アイデンティティを自ら弱めるような動きを取るクラブは増えていくだろう。一方で、アイデンティティや歴史はファンを増やすのに役に立つ。だから、そのギャップを埋め、「本物っぽさ」を醸し出すためのマーケティングに投じられる金は増えていくだろうと思う。
もちろんこういうのはリヴァプールに限った話ではなく、例えばマンチェスター・シティは世界中にバコバコ姉妹クラブを作っておきながら、「本物の地元民が応援するのはシティ」みたいなストーリーも同時に追求しようとしているように見える。Oasisのノエルは「地元のやつばっかり応援に来て弱いより、日本人とアラブ人だらけで強い方がいいだろ」と言っていたが、もし弱くなって金もなくなったときには地元のファン基盤が弱まっていたなんてことになる可能性もある。
サッカーファンは自分がどっちに行ってほしいか、自分の意見を持っといた方が良いのでは
ファン1人1人には影響力もないし、議決権も(大体の場合は)ない。それでも、自分が好きなクラブは、そのクラブがいるリーグは、そのリーグがある地域のサッカーはどういう方向に行ってほしいのか、少なくとも自分の中では考えておいた方が良いと思う。それ無しにただ批評家的なポジションを取るのはダサいから。
「自分に決定権ないし、どうなっても〇〇〇を応援する」というのも、それはそれで立派な1つの意見だ。そもそも我々の大半は本国から遠く離れたアジアのファンで、その時点で当事者性をかなり失っているわけだし。それは別に、それでいい。
ちなみに自分はと言うと。欧州スーパーリーグのような偽善者な戯言は早く潰れてほしいと思っているが、発足してしまった場合は、残念ながら、マンチェスター・シティにもそこに参加してほしいと言わざるを得ない。自分が好きなクラブが取り残されるのも嫌だからである。自分でもわがままだと思うが、それが偽らざる心境だ。
そして、海外サッカーを扱う雑誌やジャーナリストに追求してほしいのは、当事者の声である。買うクラブと買われるクラブのオーナーやCEO。リーグ改革案に賛成票を投じた中堅クラブのオーナー。放映権を買った投資ファンドのマネージャー。そういう当事者に、「なぜ?」を聞いてほしいのだ。こたつで書いた記事ではやはり表面しか判らない。我々はリアルなものに金を払いたい。そういうわけで、ジャーナリストと編集者の皆さんには、一つ宜しくおねがいします。
*1:どっちもイギリスのスーパー
*2:この他にも、サッカーを含むスポーツがPEファンドの投資先として人気が高まっている構造的な原因はいくつかあるが、詳細はこの記事を参照されたい The new playbook: How private equity fell in love with sport | Private Equity International