プレミアリーグで経営が上手いのはどこなのか(上)
ぷげ~。
じゃないわ、すみません。ジョンヨン活動休止のニュースに動揺して、#Likeyのモモちゃんになってしまいました。
さて、昨年末に2010年代のプレミアビッグ6を振り返ろうという企画をやった。
wegottadigitupsomehow.hatenablog.com
次は、なぜこうなったのか?というところを考えてみたい。
各クラブの“キャラ”はファンにある程度浸透している。ゲーゲンプレスのリヴァプール、ポジショナルナントカのシティ、小綺麗なサッカーのアーセナル。あるいは、固い守備とカウンターが有名だったかつてのチェルシー。放り込みのバーンリー。そういうサッカー面にキャラがあるように、経営の面でも“キャラ”がある。各クラブの経営にはどんなキャラがあるのか、経営の面でどこのクラブがうまくやっていたのか、そして次の10年で上手くやりそうなのはどこなのか、という点について、このクソコロナの世界から考えてみたいのである。だから「我がクラブこそは経営がうまい」と思っているファンの皆さんは覚悟していてください。
経営の“うまさ”をどう測るのか
まず、第一に考えるべきは順位だ。サッカーはスポーツだから、ピッチ内で勝つことが一番大事だ。降格したけど目標は達成できました、ということには普通ならない。よって、絶対的な順位やタイトルは指標の一つになる。
一方で、資金・歴史・文化など様々な意味でリソースはクラブごとに異なるので、それぞれのリソースの範囲内でどれだけいい成績を残せたか、という点も測りたい。もしそれが他のクラブよりも良ければ、そのクラブはリソースを使って継続的に勝利を生み出す術を他クラブよりも良く知っているのかもしれない。その強みを維持できるなら、もっとリソースがあれば更にいい成績を収められるかもしれない*1。
サッカークラブの活動は以下のような図で表すことができる。
このサイクルをどれだけうまく回すことができたかを図る指標として、総資産に対してどれだけの勝ち点を稼いだか(Points earned on Assets, POA)という概念を導入してみたい。勝ち点/総資産額。いわばサッカーのROAだ。目標といえそうな順位(例:優勝、CL、EL、残留)に継続して入っていて、POAも他のクラブより継続して高いところが、過去の10年間経営が上手かったクラブと言えるのではあるまいか。
POAで何がわかるか
総資産はビジネスにどれだけの資金をつぎ込んでいるかを示すので、まず「つぎ込んだリソースに対してどの程度の成績を収められたのか」ということがわかる。
また、成績が良い/悪いとしたら、その原因がどこにあるのかもある程度見ることができる。というのはつまり。POAは以下のように分解できる。
何が言いたいかというと、①②③はそれぞれ、さっき説明したサッカーの経営における活動を表しているということだ。
つまり、POAが競合と比べて高かったり、低かったりした場合、経営活動の中でどこが良いのか、悪いのかを分解してみることができる。
- ①が低ければ、例えばスタジアムの空席率が高かったり、スポンサー獲得が上手くいっていなかったり、あるいは現金を貯めこんで有効に使えていなかったりと、コーポレート側の問題が主に想起される。
- ③が低ければ、チームの戦術に合わない選手ばかり買っているとか、監督選びが一貫していないので選手が本領を発揮できていないとか、監督・FD含めて主にサッカー部門に問題があると考えられる。
- ②は高ければその分良い選手が買いやすいが、高すぎると赤字の原因になり、繰り返せば健全性が失われていくので、どの水準に保つかはクラブの経営方針が反映される。
つまり分解することで、各クラブの経営方針、いわばキャラがもう少し細かく見えるようになる。
なぜ移籍金ではないのか
閑話休題。よく、移籍金を「勝敗に直接的な影響を及ぼす指標」として語る話がある。今年で言えば、「チェルシーは2億ポンドもかけたんだから勝てるはず」みたいなやつだ。あれは割とナンセンスやなと思っている。
まず、移籍金はサッカークラブの経営の中のここしか測っていない。設備投資みたいなものだ。
他にも、指標として使うには、考えられるだけで以下のような欠点がある。
- 取引相手の性質や状況、選手の意向などで変動しやすい
- ワンタイムである
- ピャニッチ=アルトゥールの件のように水増しされている可能性がある
- 成績との相関が給与に比べて薄い
よって「選手への投資の多寡」を表す指標としては人件費の方が適切だ。とはいえ、FFPのルール上、移籍金(が減価償却される費用)も重要な費用項目だし、最近は売る方の移籍金を収入の柱に据えているクラブも多い。よって、「投資率」の指標としては「人件費+移籍金減価償却費」を使うこととする。
この10年で何が起きたのか?
年々金がかかるリーグに
2009/10から18/19までのPOAの平均を取ると、資産額1万ポンド当たりの勝ち点は、約70から20まで落ち込んだ。10年間で1/3以下だ。プレミアリーグという事業が拡大していて、勝ち点は有限だから当たり前といえば当たり前だが、プレミアで戦うためにはめちゃんこ金がかかるようになってきた。
突き抜けて投資しないと勝てない
ビッグ6のPOAはそれ以下のどのクラブよりも低い。辛うじてニューカッスルが近いくらいだ。
また下の表を見ると、上位クラブほど資産回転率が低いこと、また上位クラブほど人件費当たりで稼ぐ勝ち点が小さい傾向がわかる。
つまり、プレミアの上位クラブは生産性も、勝ち点の収益性も下位より悪いが、それでも気にせず突き進んでCL出場権や優勝を争っている。それぐらい投資しないと勝てないということだ。
ビッグ6とその他の差の格差拡大
ビッグ6とそれ以下のクラブの差がこの10年間で開いた、とはみんなが薄々思っていることではないだろうか。数字的にもそれは顕著で、09-14の間はスパーズ、リヴァプールとエヴァートンの間にほとんど差はなかったが、14-19になると平均勝ち点で約20の差がついている。もう遥か彼方だ。実際、14年以降にビッグ6以外で6位以内に入ったのはレスターとセインツが1回ずつしかない(09年から14年の間には4回あった)。中位クラブのファンから時折、プレミアを戦うのは虚しくなったという声を聞くのもおかしな話ではない。
ビッグ6に追いつくことはできるのか?
さて、2010年代の初頭にFFPが制定されて、ビッグクラブ行きのバスは出発してしまったと言われている。トッテナムとシティはギリギリ間に合った。リヴァプールも間に合った。エヴァートンは乗り遅れ、追いつくために猛チャージしている(もしFSGが2010年のタイミングでエヴァートンを買収していたらどうなっていただろうか?)。
理念はどうだか知らんが、実際問題、FFPの内容が競争バランスを歪める可能性が高いことは制定直後から指摘されており、今になって「うわー格差が広がってしまったー、そんな趣旨じゃなかったのにー」なんていうのはたわごともいいところだ。しかし、本当にバスは行ってしまったのだろうか?追いつくためには何が必要なのだろうか?
一旦、資金を調達すること、資産から売上を生み出すことは置いておこう。出来たとしようや。
例えばの話、優れた戦略、戦術、スカウティング、獲得交渉、分析、リロケーション、監督選び、セットプレー、分析、トレーニング、その他諸々の、すなわちサッカーマネジメントの面で競争相手を出し抜いて、リーグを“ハック”してしまうことはできるのだろうか。出来たとして、それを長期にわたって維持できるのだろうか。
トップ6の勝ち点収益性を見てみると、どこも同じような水準に収束してしまっている。どこも「かけた人件費に対して得ている勝ち点」では似たり寄ったりで、飛び抜けたパフォーマンスを見せているところはない。ただ一つの例外を除いては。
なぜトッテナムは奇跡を起こせたのか?
トッテナムの人件費当たりの勝ち点は、他のビッグ6を圧倒している。他の5クラブの約半分から2/3程度の人件費で、同じ勝ち点が取れていることになる。しかも10年間ずっとだ。10年間に渡って、同じように努力している他クラブをポイントの収益性で圧倒しまくっているのである。やばすぎる。
なんでこんな事ができるのか?ということについては、良い解説がネットの海にはすでに転がっていたりする。
スパーズがすげえぞっていうのは2つあって、年俸と補強費の強化費用に対してスポーツ面の結果が秀でててコスパが異常ってのがまず1つ。そして中位から上位に食い込んでちゃんと定着したっていうのがもう1つ。前者は現状で、後者は過去。もちろん未来の見通しはまた別。ただそれだけ。
— BANQ (@BANQUEBLEU) 2019年9月4日
あけすけに言っちゃえば、ケインやアリの出現は外れ値のラッキーだけど彼らをベースに今のスパーズのサッカー的成功は作られてるから、彼らを放出するとアカデミーから同じレベルの奴は出て来ないでしょ?じゃあ彼らを同じ年俸水準のまま引き止められるの?どんなレヴィの魔術で?ってことです。
— BANQ (@BANQUEBLEU) 2019年4月8日
すでに人が言っていることを得意げにまとめてみても仕方ないが、それでも、整理した上でエヴァートンやウェストハムがそれを模倣できるのかを考えてみたい。
が、長くなったので、今回はここまで。次回は、「ビッグ6に追いつくことはできるのか」をお楽しみに。