プレミアリーグで経営が上手いのはどこなのか(中)
前回のまとめ
wegottadigitupsomehow.hatenablog.com
- サッカークラブの経営に関する指標の一つとして、順位に加えて、総資産当たりの勝ち点つーのはあるんじゃないですかね
- ビッグ6以外のクラブが6位以上に入るケースはどんどんレアになってきてますね
- 今から差を縮めることはできるんでしたっけ
- 一旦サッカー面だけ見てみると、「投じた人件費に対して得られた勝ち点」ではビッグ6みんなどんぐりの背比べですね。トッテナムを除いて
なぜトッテナムは奇跡を起こせたのか?
問題は、なぜトッテナムはそんなことができたのか、そしてそれを模倣することはできるのか、ということだ。すでに人が言っていることを得意げにまとめてみても仕方ないが、可能性をリストアップしてみる。
- 予測される原因①:選定・交渉が上手い人間がいる、または組織として上手い
ほぼ毎シーズン、獲得したうちの誰かは当たっている。でもなんで上手なのかはわからん。すまん。わからんわ。いきなりトートロジーっぽくて申し訳ないが。わからんが、トッテナムは2000年代からずっと、英国系を中心に若手を獲得するというトライアンドエラーを繰り返してきた。その蓄積かもしれない。ただし、これは人の引き抜きや模倣でそのうち追いつかれてしまう部分だ。
- 予測される原因②:耐用年数が長い資産を揃えて減価償却負担を下げつつ、リセールバリューを高める
要するに若い選手を買って長く使っている。契約年数が長くなれば単年の償却費負担は小さくなるし、若い段階から使えば、契約が更新できなくても売るときに高く売りやすいから、次の選手も買いやすい。そうでない例を挙げてみると、例えばマン・シティは基本的にブレイクしきった段階で買って30過ぎまで使い切ることが多いから単年の負担も高いし、売る頃にはすっかりベテランなので売っても二束三文だ。
- 予測される原因③:成績連動ボーナスの比重を高くして給料を抑えている
これはもう予測というか事実で、スパーズは売上高に対して偶発債務(条件を満たすと発動する負債)がめちゃでかい。タイトル取ったときのボーナスの比重を高くする代わりに、人件費を抑えているのだ。
- 予測される原因④:安いうちに長期契約を結んで高い移籍金設定で縛ることで人件費の値上がりを防いでいる
ケインの例のように、契約解除金を設定しないか、しても相当高めにしておくことで、引き抜かれるのを極力防ぐ。選手の入れ替えがあるとそれだけボラティリティが高まるし、費用上もなるべく長く在籍してもらったほうが旨味がでる。
- 予測される原因⑤:高値で売れる時期を見つけるのが上手い人間がいる、または組織として上手い
分母を大きくしようと思うと、高値で売却できることも大事だ。2010年代のスパーズは、この見極めもうまかった。モドリッチ、ベイル、ウォーカーはわかり易い例だが、カーディフからコウルカーに900万ユーロ出させるとか、トロントから(トロントから!)デフォーに730万ユーロ出させるとか、ケヴィン・ヴィマーとベンタレブで合わせて4,000万ユーロ近く稼ぐとか、そういう細かいところがうまかったのだ。さっき書いたように、若い選手が多いから価格が上がりやすいというのは大きいだろうが、デフォーまでそこそこで売れるのはよくわからない。売り先に対する分析が細かくて、提案営業ができていたのかもしれない。
- 予測される原因⑥:ロンドンライフ
④で長期契約を結んだとはいえ、選手からは不満も出てくる。なにせ右を見ても左を見ても、隣の芝は青いのだ。半分冗談ではあるが、そういうときに、ロンドンにあるというのは割と有利に働くのではないだろうか。少なくとも、リヴァプールやマンチェスター、バーミンガムにあるクラブと比較したら、給料以上のものが提供できると思われる。
なぜポイント収益性は下がってしまうのか
でもこのやり方、選手がいつまでも低待遇で我慢する秘密があるか、魔法が解ける前に収入規模で他の5クラブに追いつくかどっちかしないと、どっかで維持できなくなる。そして実際そうなった。
まず、人件費が爆増した。まだ業界トップのマンU、シティ、リヴァプールなどと比べると低い水準にあるが、売上と違って給与は一度上がると下がらないから、成績が下がればすぐ苦しくなる。
ケイン、ソン・フンミン、アリの給与は契約更改で上がってしまった(それでも後者二人の給料はびっくりするくらい安いが。スパーズ以外のビッグ6ならどこで1.5倍はもらえるだろう)。エンドンベレは初っ端から週給20万の大盤振る舞いだ。2018年には「給料が安すぎる」といってダニー・ローズが反乱を起こしていたが、多分ケインやその他の選手も、クラブとは緊張関係にあっただろう。今もあるかもしれない。
また、さっき挙げた5つのうち、⑥以外は全部、維持できる期間に限りがある。維持できなくなるとどうなるかというと、エリクセンのように普通に契約を消化されて、無料か安値で放出しなければならなくなる。エリクセン、ヴェルトンゲン、ワニャマ、ジョレンテ、デンベレといった辺りからは売却益があまり取れていない。スパーズはもともと総収入に占める選手売却益の比重が高い。つまり売る方にも結構依存していて、ずっと歯車を回し続けるのはやはり難しいのだ。
また、いかに人件費が勝ち点との相関が強いといっても、説明力は(たしか)0.5から0.6程度しかないから、成績の変動は他の要素でも簡単に起こりうる。また、金を積むと良い人材が取れるというのは市場が効率的であることを前提としているが、例えば監督やコーチについての市場は選手のそれよりも遥かに非効率だろうから、ハズレを引いてしまう可能性も高い。何が言いたいかというと、上で書いたのは全部、「比較的安価に、有能と想定される人材を取り揃え続けるための術」だから、実行できたところで勝ちを保証してくれるわけではないということだ。まあ、コーポレートサイドができることとしてはそんなもんなんじゃないかという気がするが。
綱渡りを余儀なくされる中堅勢
話が長くなったが、人材関連投資に対するポイント収益性において、スパーズという例は確かにある。でもそれをずっと維持し続けるのは難しく、2010年代のスパーズはそれこそ奇跡的なアウトパフォーマンスだった。
じゃあそれが真似できんのか?と期待したいところだが、中堅勢力自身のポイント収益性もすごい勢いで下がっているのである。
例えばエヴァートン。2017年以降の人件費の伸びは凄まじい。ベルナルジ、ミナ、ゴメス、ピックフォード、シグルズソンといった辺りは移籍金も高かったが給料のインパクトも大きい。その結果、売上高人件費率は100%を超えてしまった。こんな水準は何年も維持できない。かなり危ない橋を突っ走っているのだ。
この投資を支えるためにオーナーのモシリから3億ポンドの貸付がブチ込まれているが、そこから売上を生み出すのは簡単ではない。優れた人材を雇えばいいと言っても、それもまた金がかかる。しかも、他の19のクラブも(何なら他のリーグも)みんな同じことを考えているのだ。レスターやセインツ、ウェストハムも同様で、それぞれ収入の7割から8割を人件費に充ててかなり危ない橋を渡っているが、勝ち点は思うように伸びない。つまり、サッカー面で上手くやり続けること(だけ)でビッグクラブに成長するというのは、実際問題かなり難しいのだ。
サステナブルに強くなるには
勝ち点の収益性が一定の水準に収束すると想定すると、資産回転率を高めていかなければならない。でないと、赤字こきまくってしまうからである。オーナーが金を入れ続ければキャッシュフローは回るが、FFPに引っかかってしまう。だから売上を大きくしなければならない。
じゃあどうやって売上を大きくしていくねんというと、大まかには4つやり方がある。
- 選手に投資する→勝ち点→放映権料
- スタジアム等の設備に投資する→入場料
- 設備・人材・ネットワークに投資する→育成・獲得した選手の売却益
- 営業・マーケティングに費用を投じる→スポンサー収入
つまり、選手、スタッフ、スタジアム、練習場といった資産に投資する必要がある。
エヴァートンの資金の使い途(2019年時点)を2016年時点のシティと比べてみると、固定資産への投資が小さいのが分かる。
買収後にスタジアムの拡張工事、トレーニングコンプレックスの建設などインフラを整備したシティと比べると、エヴァートンはまだ投資先がサッカー面にとどまっているが、収入を増やそうと思うと、遅かれ早かれスタジアムやトレーニング施設に手を付けることになる。グディソン・パークはエティハド・スタジアムと比べると小さく、1試合あたりの平均観客数は約1万人も少ない。この間、5億ポンドで新しいスタジアムを建てる計画が通ったのは、このハンデを克服するためだ。
スポンサーシップ収入はどうだろうか。エヴァートンもこの10年で3倍まで増やしているが、上位クラブがそれ以上の勢いでスポンサー契約を増やしていくので、差は開く傾向にある。市場がグローバルに広がれば、人気があるクラブほど海外でスポンサーを見つけやすくなる。倍々ゲームだ(つらい)。
シティは、オーナーと関係が深い会社(エティハド航空、エティサラート、アーバルなど)からの契約を積み重ねて滑走路を作り、次に、営業チームを強化してグローバルにスポンサーを獲得していった。その強化も、イングランドだけでなく、アメリカ、日本、中国、南米、インドと各大陸に統括会社を置き、姉妹クラブを作ることで、世界で同時多発的に露出できますという形にした。
あるいは、トッテナムが北米でやったように、比較的手がついておらず、先行者優位が取れそうな地域に重点的に営業をかけるという手もある。スパーズは2010年代の前半から北米市場を重点的に攻めており、そのために招聘したグローバルパートナーシップのヘッドを結果が出ないので1年で解任したり、結構アグレッシブな人事をしていた。現在、アメリカにあるファンクラブの数ではトッテナムはプレミア最多だ。
ただしこれも、よほど空白地帯があるのでない限り、その国出身の選手がいるとか(例えばフリーデル、デンプシー、イェドリン)、オーナー企業がその国の会社だとか(例えばレスターとタイ)、あるいは極端な話その国にチームがあるとか(例えばCFGの姉妹クラブ)、特別な条件がないと一旦シェアを得ても長期的に維持するのは難しいように思われる。一般的なビジネスと違って、スポーツで競争を避けるというのはかなり難しい。
いずれにせよ、すでにリソースを持っている上位クラブに挑戦しよう、追いつこうと思うと、どうしても先行投資が必要になる。シェイク・マンスールやアブラモヴィッチがこれまで10億ポンドも突っ込んできたのも、それだけ積んで初めて、ビッグクラブとまともに優勝を争い、リーグにおいて優位に立てる、ということの裏返しでもある。それくらい、人気、ブランド、戦力、組織のあらゆる面で、伝統的なビッグクラブが積み上げてきたものは大きいということだ。まあミランみたいに自分からボロボロ取り崩していくところもあるが。
今シーズンはこれまでのところ、ビッグクラブとその他の成績が割と拮抗しているが、やっぱり不確実性はスポーツ観戦の醍醐味なので、道のりは厳しいが、エヴァートン、レスター、ニューカッスル、ウェストハムといった中堅どころには頑張ってほしいところ。多分、本気で追いつこうと思えば、かなり高い確率でFFPのVA(一定期間の赤字許容ルール)を使うことになるのではないだろうか。
次回、ビッグ6の10年史とこれから編に続く。