スーパーリーグ1.0の顛末

私の古い友人であり、名門ユヴェントスのチーフ・コマーシャル・ディレクターであるジョージ・コンスタントプロスからの電話が鳴ったのは、ロンドンを約半年に渡って覆っていた雲もようやく晴れ始めた5月初旬の夕方のことであった。

 

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「参ったよ、マドリードバルセロナも電話に出ないときた。きっと密かにUEFAと合意に達する算段を練っているに違いない。あの小賢しいアメリカ人やペテン師のシーク共はとっくに逃げ出してしまった。これでは最終的に我々だけがスーパーリーグに残ることになってしまう」

 

「少なくとも1チームだけでリーグを組成した世界初のクラブにはなれそうだが」と私は皮肉を言った。

 

「それも悪くないが、やはりどこかと対戦した方がいい。選手たちが飽きてしまうからね」ジョージの口調からは焦りがはっきり伝わってきた。

 

「それでいったいどうしようというんだね、ジョージ?」

 

「早急に新しいフォーマット案を考えなければならん。最悪でも対戦相手が決まればなんとかなる。アンドレーアとの打ち合わせは明日の9時なんだ」

 

「ふむ」。私はその日3本目のマールボロ・ブライトに火を点け、窓の外を眺めながら思考を巡らせた。庭の大きな楡の木は春の日差しに照らされて網目状の模様を芝生の上に投げかけ、その横をハイイロリスが急いで駆け抜けていくのが見えた。

 

ユヴェントスマングースというのはどうかね」。私はジョージに言った。「何も毎週マングースである必要はない。毒マムシでもいいし、カブトムシでもいい。可愛らしい哺乳類なら女性ファンの取り込みにも困るまい」

 

「悪くない案だが」ジョージが鼻を鳴らした。「誰を噛むかの相談は可能かね?。毒を持っているやつとやるとなると、当然被害が出るからね。我々だってクリスティアーノを失いたくはないし、毒サソリが毎週モラタばかりを刺すとは限らんだろう」

 

「そいつは放映権料の配分次第だな。もう30年も昔のことだが、チャンピオンズカップの放映権料配分に不服だったライオンの組合長が日本の女優を引きずり回したことがあっただろう」

 

「だとすると難しいな。非創設メンバーへの配分は総収入の4.5%までと決めているからね」

 

「対パイプ椅子は?音は派手だし、きっとチャレンジングな試合になる」

 

「それには反対だな。パイプ椅子との1対1だと稼働しない選手が多すぎるし、かといってパイプ椅子との11対11だとあまりにも騒々しすぎてテレビ中継に向いてない」

 

「対モンスタークレーマーはどうだろう。フェデリコ・キエーザが割り箸はきちんと入れたと抗弁するところが見られたら、そこらのe-sportsなんか目じゃないほどティーンエイジャーが興奮するだろう」

 

「ぜひ私も見てみたいがね」

 

「何か問題でも?」

 

「言葉が問題だな。うちの選手たちが理解できる言語を話す国の人間は、恐らく選手たちにクレームをつけようとは思わない。彼らにクレームをつけようと思うような国の人間は、恐らくラテン言語を解さない」

 

「もっともだな」私はすでに5本目の煙草に火をつけんとしていた。「こうなると、もう一度審判控室の鍵を空港に持っていって、世界中からスーパーリーグの記憶を消してしまうしか思いつかんよ」

 

「うちのボスがそうするかは疑問だな。まあいいさ、手を煩わせて悪かったね」電話口からは彼の落胆がはっきり伝わってきたが、彼もこんなところで時間を無駄にしてはいられないと思ったらしかった。

 

その時突然、私の脳裏にこの20年だれも思い付いていないような素晴らしいアイディアが浮かんできた。

 

「おい待てよジョージ、良いことを思いついた。地球温暖化と戦うことにしてリーグを組みたまえ。選手たちは今は食事をエネルギーにして動いているだろうが、電動式にすれば二酸化炭素の排出量はゼロになる。ゼロ・エミッションを達成したサッカークラブは未だない。ESG銘柄ということにすれば投資家を集めるのも難しくはないさ」

 

「しかし、バッテリーの交換にはコストがかかるだろう」

 

「充電ステーションを使うならな。カートリッジ取替式にすれば、充電が切れた選手をわざわざステーションまで持っていく手間が省けるから、大幅にコストを削減できる。バッテリーを一人分交換するたびに試合の無料視聴権かマイレージを付与するようにすれば、審判たちがこぞって交換を買って出るのは間違いないよ。念の為、本拠地をイタリアからオランダかベルギーに移せるかね?ベネルクスならグリーンエネルギーに対して税制優遇が受けられるから、いくらかの経費削減にもなるだろう」

 

「試して見る価値はありそうだな。資料を準備してみよう。恩に着るよ、スーパーリーグが成立した暁には、君に数年分の炭素排出権をプレゼントしよう」

 

「なに、大したことじゃないさ。」

 

 

 

 

 

この原稿を書いている時点でジョージからの続報は届いていないが、恐らく上層部は彼の提案を気に入るに違いない。イングランドのファンの激しい反対によって一度は頓挫したかに見えたスーパーリーグだが、数年も経てば、未来を見通す目を持っていたのが誰なのか、はっきりとすることだろう。天は常に、深い思索を巡らせるものに報いるのである。