マンチェスター・シティはなぜCL出場停止にならなかったのかについての推測
う~I just wanna make you happy あーもう!
じゃないわ。すみません間違えました。
- 前文
- Stefan氏の問題提起: UEFAの立場から見て、この件でCityを出場停止とするには大きなハードルが2つ(時効と、和解合意の存在)がある
- まず事実確認
- 過去にシティが下された処分
- それらを踏まえて、Stefan氏の見解を再確認
- 論点①:証拠がハッキングで取得されたものだから撤回されたのか
- 論点②:「時効引き伸ばし問題」はあり得たのか
- 論点③:時効でない期間の疑惑は追求できるのか
- 論点④:なぜ罰金があるのか。「非協力的だった」というのはどういう意味か
- 論点⑤:FFP自体の正当性を訴えると脅したのか
- 関連する報道 - UEFAは何を考えていたのか?
前文
さて、7月13日にシティのCL出場停止が撤回された件について。この件に関して、実に色んな人が、色んな話をしている。問題は、この件について話をしている人の大半、あなたも私も、ジャーナリストもアナウンサーも、ぶっちゃけこの件についてよくわかっている状態で喋ってるようには見えないということである*1。
最終的に何らかの論点がブラックボックスなプロセスとロジックで決まったというなら、それはそれでいい。だとしたら、何が論点だったのか、それがこの結果になりうるとしたらどんなロジックと政治的駆け引きが想定されるのか。そういうことを知りたい。それらに踏み込まないで、「産油国の財力を持ってすればUEFAやスイスの裁判所など一捻りなのだ」とか、「UEFAは無能」とかで片付けられるとちょっと物足りないのである。
大前提として、CASは非常にシンプルな発表しかしておらず、「どの部分が“時効“で、どの部分が“成立していない”なのか」「なぜ罰金の額を減額するのか」等は、追加発表がないと判らない。
一方で、何が論点になりそうかという点については、約半年前の時点で弁護士による解説が公開されており、これが現時点で発表されているCASの判決文にかなり関連していそうなのである。参考にしたのは、英国の弁護士であるStefan Borson氏の寄稿。氏はシティファンだということではあるものの、内容は極めてテクニカルな内容になっており、今回の件の論点と、一般的な法解釈に照らした場合の見解が包括的に把握できるものとなっている。
ちなみに、この記事は2月にはもう出ていて、日本語でもSchumpeter氏がもう解説して下さってたのだが、不勉強ながらチェックしていなかったので、最近まで論点が分かっていませんでした。
>RT CFCB手続規則の第37条に
— schumpeter🍣 (@milanistaricky) 2020年2月18日
Prosecution is barred after five years for all breaches of the UEFA Club Licensing and Financial Fair Play Regulations.
と書いてあるのだが、どうしてCFCBは2012年以降の情報についてシティに制裁を科せたんだろうか?https://t.co/LTAqKM1m0O
Stefan氏の問題提起: UEFAの立場から見て、この件でCityを出場停止とするには大きなハードルが2つ(時効と、和解合意の存在)がある
まず事実確認
そもそも何の疑いが掛けられているのか
2019年3月7日のUEFA発表。"独立したUEFAクラブ財務管理機関(以下「IC」)の調査室は本日、マンチェスター・シティFCに対し、フィナンシャル・フェアプレー(FFP)規則違反の可能性があるとして正式な調査を開始した。調査は、最近様々なメディアで公表されたいくつかのFFP違反疑惑に焦点を当てることになる。"
2019年5月16日、UEFAは次のような審判決定を発表した。"クラブ財務管理機関(CFCB)の主任調査官は、CFCBの独立調査室の他のメンバーと協議した後、マンチェスター・シティFCをCFCBの審査期間(Adjudicatory Chamber)に送致することを決定した。"
そしてどんな決定が下ったのか;UEFAクラブ財務管理機関の審査機関の決定
2020年2月14日、UEFA発表。"審査機関は、すべての証拠を検討した結果、マンチェスター・シティ・フットボールクラブが、2012年から2016年の間にUEFAに提出された決算書と損益分岐情報においてスポンサー収入を過大表示することにより、UEFAクラブライセンスおよび財務フェアプレー規則に重大な違反を犯したことを明らかにした。"
過去にシティが下された処分
2014年の和解合意
2014年5月16日、シティはUEFAとの間で、2013/14、2014/15、2015/16の3シーズンを対象とした報告期間中のFFP調査に関する和解合意書(Settlement Agreement)を締結した(以下「2014年和解合意書」と呼ぶ)
2014年和解合意書の期間中、シティは自らの合意のもとで、すべての関連条件を遵守していることを証明する進捗報告書を半年ごとに提出することを含む制限を受けた。
→どういうことかと言うと、2012年から2014年にかけて、シティはFFPに違反した(損失を一定範囲以内に抑えるというルールを守れなかった)ので、それに対して2014年の時点で処罰を受けて、かつその後、上記3シーズンにかけてモニタリングを受けることになった、ということである。この処罰の内容は、罰金、CL登録人数の削減、給与を一定範囲内に抑えること、などであった。*2
2017年のリリースレター
2017年4月21日のUEFA発表。UEFAのCFCB調査室は、シティが前述の和解合意に関する全ての要件を完全に遵守し、開放されることを確認するレター(リリースレター、Letter of Release)を発行した。
それらを踏まえて、Stefan氏の見解を再確認
1)2019年5月15日から5年以上前の違反疑惑は、時効のため訴追できない(→2014年5月15日以前の疑惑が対象外になり、2014-15、2015-16の疑惑のみが対象になる)
2) 2014-15, 2015-16の2シーズンについては、上記の和解合意にある通り、既にFFP違反で処罰され、またリリースレターの発行によってその処置が完了し、最終的かつ拘束力のあるものになったので、これ以上訴追できない。(→2014-2016の疑惑が対象外になる)
2) は云わば、同じことを2度は罰せず、またすでに決定された訴訟や和解は最終性を持っている(再審できない)という原則である。これが適用されるか否かは、当事者(UEFA とシティ)、問題の主題(過大なスポンサー契約)、法的根拠(FFP)の同一性が同一である場合にのみ適用されるというトリプル・アイデンティティ・テストによって決定されるそうである。
パッと考えて、上記の2点から、UEFAが今回シティをFFP違反自体で罰するのは難しいのではないか、という指摘である。これに対して、UEFAがどんなディフェンスを展開するのかが本件の焦点であった。*3
論点①:証拠がハッキングで取得されたものだから撤回されたのか
多分違うっぽい。詳細は発表を待たなければならないが、1)CASの声明には証拠の信頼性を伺わせるものはない、2) 違法に取得した情報でも、過去に証拠として扱われた例はある
論点②:「時効引き伸ばし問題」はあり得たのか
「シティはUEFAの調査に協力しないことで操作を引き伸ばし、時効に持ち込むことに成功した」という説がある。具体的にはベン・メイブリー氏が主張している以下のような意見がある。
NYタイムズ紙の記者によると、元々シティを調査していた、UEFAのCFCBという機関が2年程前、この時効について確認を求めたところ、「違反が見つかって調査を始めた時点から5年という意味だ」とUEFAの弁護士から説明を受けたという。
— Ben Mabley(ベン・メイブリー) (@BenMabley) 2020年7月15日
だが、シティは恐らく「違反の時点から5年」との解釈で動いたはず。 https://t.co/CRm0nB934O
元々、ルールの表現が曖昧過ぎて、色々な解釈をする余地を残してしまったので、「こういう解釈のつもりで」処分を科されても、自信を持って裁判を起こし、「私たちの解釈ではおかしいぞ」と主張できる。
— Ben Mabley(ベン・メイブリー) (@BenMabley) 2020年7月15日
そしてその逃げ道があれば、時効が切れるまで協力せず、時間を稼ぐという戦略もできる。 https://t.co/mdkfjOnrZM
SAのハードルを有効だと考えた場合、SAの対象外である=訴追できる疑惑の対象は、2013年6月30日以前のものになる。しかしUEFAが調査を開始したのは2019年3月7日、RFが出たのは2019年5月16日であるから、それぞれ5年前(時効にならない最も早いタイミング)は2014年3月7日と2014年5月16日になり、どちらもSAの対象期間内に入ってしまう。極端な話、Der Spiegelによる最初のスクープ記事が出た翌日に調査を開始しても、2013年11月以降しか対象にならない。なので、時効を引き伸ばすまでもない。
一方、もしSAのハードルをUEFAが覆すことが出来ていた場合、(ベン氏が主張するように)シティが「違反の時点から5年」と主張しようが、2015年7月13日以降は時効の対象ではないので、こちらも場合も、シティは「捜査を引き伸ばして時効に持ち込むことに成功」することは不可能に思われる。
論点③:時効でない期間の疑惑は追求できるのか
シティの主張によれば、SAは2016/2017シーズン以前のFFP違反を対象に含んでおり、かつ2017年のリリースレター発行によって完了されてしまっている。
これをもう一度訴追するのは、Stefan氏によれば、
「あなたが和解金を支払い、和解体制を経て、UEFA自身が考案したいくつかのテストやチェックに合格し、公式かつ決定的に和解体制から抜け出したことは認めますが、それはさておき3年後、全く同じ時期に戻って、もう一回あなたを有罪にしようと思います」
と言っているようなもので、法律がそのように出来ているとは考えがたいということである。
またこれは私の推測だが、FFPは結局規定の範囲内に赤字が収まるか否か、収まらなかったら罰則というルールなので、仮に今回スポンサーフィーが実際にはオーナーから支払われているという主張に信憑性が認められたとしても、「もう違反している(そしてもう罰されている)」ということをこれ以上悪くしようがないようにも思われる。
論点④:なぜ罰金があるのか。「非協力的だった」というのはどういう意味か
なぜ罰金があるのか:*4
しかし、①MCFC の財力、②CFCB の調査手段が限られていることによるクラブの協力の重要性、③MCFC のこのような原則を無視して調査を妨害したことを考慮すると、CAS パネルは、以下のように判断した;
MCFCに多額の罰金を課すべきであり、かつUEFAの最初の罰金を2/3まで、すなわち1,000万ユーロの金額まで減額することが適切である。
(However, considering i) the financial resources of MCFC; ii) the importance of the cooperation of clubs in investigations conducted by the CFCB, because of its limited investigative means; and iii) MCFC’s disregard of such principle and its obstruction of the investigations, the CAS Panel found that
a significant fine should be imposed on MCFC and considered it appropriate to reduce UEFA’s initial
fine by 2/3, i.e. to the amount of EUR 10 million.)
「非協力的だった」とはどういう意味か:不明。CASの追加発表を待つか、関係者からThe Guardianにしばらくしてからリークされるのを待つのが良いだろう。
論点⑤:FFP自体の正当性を訴えると脅したのか
不明。ただし、FFPがEU競争法に違反していないこと、かつEU競争法がFFP一般に対して適用されないことはUEFAも以前から主張しており、ACミランとの裁判で「各クラブは欧州コンペティションに参加するために自主的に規則に従っている」との主張に成功している。つまり、仮にそうだったとしてもUEFAには勝算がありそうだった。
関連する報道 - UEFAは何を考えていたのか?
Stefan氏が再三指摘しているのが、「ここまで書いたようなUEFAにとってのハードルは、UEFA側だって当然わかりきっていたはず」ということである。
「これらの主張のほとんどは、比較的明白であり、裁決会議所の「審議」の時点で知られていたものであるように思われる。また、現段階では公表されていないこれらの点について、UEFAがどのような反論を裁決会議所に提示したのかを見てみるのも興味深い」。
つまり、UEFAもこんなことは百も承知で、覆すための準備をしていて当然だと思われるのである。では、ここまで挙げてきたようなハードルをひっくり返すためにUEFAが用意した秘策とは。
それがどうもなかったっぽいのである。
いや、あったのかも知れんが。でも余りにもあっさりとした、予想された負け方であり、それがNYTやFTなど一部の報道で「UEFAは自分たちのルールが分かってなかったんじゃないか」などと書かれた理由であろう。詳細は追加の発表を待つしかないのだが、いくつか興味深い報道がある。
Sam LeeとMatt SlaterによるThe Athleticの記事*5によると、UEFAの内部でも、“この件はFFP違反じゃなくて、規律委員会で扱うべきマターなんじゃないか"という議論があったという。この場合、何か罰則があったとしても、その対象はクラブ全体ではなくシティの首脳陣個人になる。
また、昨年の年末時点では「罰金だけになるらしい」という報道をシティの番記者が得ていて、彼らはかなりその情報確度に自信を持っていた様子もある(The Athleticのシティ番のSam Leeは、最初に2年の出場停止が下ったとき、かなり不思議がっていた)
もしこれらの報道が事実だったとしたら、この件におけるUEFAの目的は何だったのだろう?そして今、彼らは目的を達成できたのだろうか?(という問題設定の仕方は、発展性がなくて嫌ですね。止めましょうね)
CASからの評決の詳細は月曜日に公表されるらしい。答え合わせが楽しみですね。楽しみじゃないか別に。こんなこと。う~Happy Happy!とは行かなくて嫌ですね。本当。
ディスクレイマー
筆者は法律の専門家ではありません。上記の内容は公表された公式発表・記事等を元にしたものであり、誤りを含んでいる可能性があります。