マンチェスター・シティと疑惑のEメール(1)

切り札は取っておくものよ

オリンパス事件って覚えてる?2011年に、FACTAっていう雑誌と、オリンパスの社長職を解任されたばかりのマイケル・ウッドワードっていうイギリス人が起こした告発やね。医療機器やカメラみたいな光学機器メーカーとして有名な、あの宮﨑あおいのCMのオリンパス。あれが損失を隠すために粉飾決算を続けていたという事件。以下に引用するけど、当初ウッドワード氏は腐りきった日本のコーポレートガバナンスに鉄槌を下す黒船といった風情で、意気揚々と登場したんやね。

 

chnpk.hatenablog.com

さてオリンパス事件と言えば、バブル期に嵌った財テクによって巨額の損失を被るも、問題の表面化を恐れて適正な会計処理を避け続けること20余年、歴代経営陣のお歴々が代々ひた隠しにしてきたところ、何を思ったのか内輪の論理の通じづらい外国人を社長に大抜擢した途端にすべてを明るみに出さざるを得ない状況に追い込まれ、株価は暴落するわ経営陣は全員退陣に追い込まれるわで大騒ぎになった、あの事件である。

 

同事件は、二代目社長が会社のカネ、それも数百億円規模をあろうことかカジノでスッてしまうという浮世離れした放蕩息子ぶりをみせ付け世間を唖然とさせた大王製紙事件と並び、日本のエクセレントカンパニーにおけるコーポレートガバナンスの何たるかを世に知らしめた好事例であった。

 

しかし、いつの頃からかウッドワード氏は勢いを失い、オリンパス「訝しがる周囲をよそに東証からさっさと上場維持を取り付けるという、いわゆる直ちに健康被害はありませんからの勝手に冷温停止宣言コンボを叩き込み、一瞬で勝負を決めた」。つまりあっちゅう間に最大限の勝ち戦に持っていってしまったんよ。

 

その後もウッドフォード氏は、自身のバックに連合艦隊の存在を匂わせながら、委任状争奪戦を経ての社長復帰を目指す意向を表明するなど、全力右ストレート連発の様相であったが、国内主要株主をはじめ、メインバンクにも相手にされなかったとのことで、弾切れからの撤退を余儀なくされた。

 

最後は妻の体調を気遣って矛を収めるという、これまたまさに典型的としか言いようのない、欧米型エクスキューズを添えての哀しい幕切れとなった。

 

その後の一連のウッドフォード氏による対オリンパスネガティブキャンペーンを見ても、冒頭放たれたあの「過去の決算内容に疑義あり」攻撃は、彼の切り札だったのだ。圧倒的だった初戦以降、次は何が出てくるのかと期待して観戦していたが、結局何も出てこなかった。一瞬海外メディアから、オリンパスの背後に暴力団の存在を匂わせる報道がなされたときはおおっと思ったが、単発のラッキーパンチだったようだ。

 

普通、唯一の切り札をいきなりマスコミにリークするだろうか。

 

長々と何の話をしたいのかって話やけど、Der Spiegelはウッドワード氏ほど世間知らずではなかったようや。Der Spiegelの告発には続きがあった。現時点で出ているものを見る限り、追加の罰則や、それこそタイトル剥奪なんて話になる類のインパクトには見えないけど、正直言ってワシはショックやったね。がっかりしたよ。何にって、自分のナイーブさにね。倫理的にであって、法律的、あるいは会計的ではないかもしれないにせよ。(繰り返すけど、今出てる時点の記事でもってよ)

 

ほんなら、そろそろ記事の方に行こうか。今日の時点で出ている2つの記事で、Der Spiegelが言うてるのはこういうことや。

www.spiegel.de

www.spiegel.de

  • シティは、オーナーであるADUG*1から”不正に“資金を注入することで、FFP抵触を回避しようとした
  • それらは監査によって露呈した
  • しかし、当時のUEFA事務局長インファンティーノの計らいと、シティからの法的圧力によって、シティは”非常に軽い”処罰で済んだ。これは不正や。

 

 

Der Spiegelの記事からわかること

長くなるから、事実だけ書いていこう(これがまた、Der Spiegelの記事からセンセーショナルな記述を除いて事実を拾うのがけっこう大変なんよね。ワシの知り合いもFACTAでごっつ責められたことあるけど、上手なもんよね)。

 

  • シティの首脳陣は、2012/13シーズンの終わりに、FFPのブレークイーブンルールに抵触しそうなことを把握した。
  • 財務部門のホルヘ・チュミジャは、「不足分を埋める唯一の解決策は、アブダビからのスポンサーシップ収入だと思います」と内部のeメールに書いた
  • 幹部のサイモン・ピアースは、「今後の2年間に対して、バックデートした契約を結べばいい」と提案。またCEOのソリアーノも、FAカップに優勝した場合のボーナス収入を契約に盛り込むことを提案した。
  • 結果として(※Der Spiegelは「シーズン終了から10日後」と書いている)、エティハド航空は150万£、アーバル*2は50万£、官公庁は550万£を追加でスポンサーフィーとして支払い。契約の日付は、シーズン開幕時にバックデートされた。
  • チュミジャがアブダビからのスポンサー契約をバックデートすることが可能なのかと聞いたのに対して、サイモン・ピアースは"Of course, we can do what we want."と回答した。
  • 時間は戻って2010年4月、ピアースはアーバルとのスポンサー契約を締結。フィーは年間1,500万£だったが、ピアースは内部のメールで「アーバルからの直接的な支払いは300万£で、残りの1,200万£は陛下*3からの別の資金源から」と書いた
  • また、エティハド航空からの年間6,750万£ののスポンサーフィーについては、「800万£がエティハドからで、5,950万£はADUGから」と、チュミジャがピアースに宛てたメールの中で記載している
  • FFP抵触を回避するために、シティ内部で「プロジェクト・ロングボウ(長弓)」というプロジェクトが立ち上がった
  • 通常、クラブは所属している選手を使った販促品を作る場合、選手の肖像権使用料を選手に支払わなければならない。しかしシティは、①肖像権管理会社(Manchester City Football Club(Image Rights)Limited)を設立、②それを新たに設立した「Fordham Sports Management」というマーケティング会社に売却し、③肖像権使用料はFordhamが支払う、④そしてADUGがFordhamに損失を補填する、というスキームを編み出した。
  • Fordhamの代表として雇われたジョナサン・ロウランドは「ADUGが全面的に支援することが最重要だ」と念押しし、サイモン・ピアースは「営業費用については、毎期先払いで約1,100万(※おそらく£)をキャッシュで支払う」と回答した

 

 

"We will have a shortfall of 9.9m pounds in order to comply with UEFA FFP this season," Man City's Chief Financial Officer Jorge Chumillas wrote in an internal email. "The deficit is due to RM (eds: a reference to Roberto Mancini) termination. I think that the only solution left would be an additional amount of AD (eds: Abu Dhabi) sponsorship revenues that covers this gap."

 

"We could do a backdated deal for the next two years (...) paid up front," suggested club executive Simon Pearce. CEO Ferran Soriano, meanwhile, suggested having sponsors pay the team the contractually obligated bonus for winning the FA cup -- even though Man City hadn't won.  

 

Ten days after the end of the season, Chumillas presented the results of the deliberations and declared that the details of the sponsoring contracts would be adjusted -- for the just finished season! Etihad was to suddenly pay 1.5 million pounds more, Aabar 0.5 million extra and the tourism authority a surplus of fully 5.5 million pounds. And they were all supposed to act as though that had been the deal agreed to at the beginning of the season.

 

The club and its sponsors were manipulating their contracts. When Chumillas asked his colleague Simon Pearce if they could change the date of payment for the sponsors from Abu Dhabi, Pearce answered in the spirit of Manchester City's executives: "Of course, we can do what we want."

 

 

hese activities in spring 2013 raise doubts as to whether the Abu Dhabi-based companies are really the independent sponsors Man City representatives have consistently claimed them to be. As early as April 2010, when Pearce negotiated the sponsorship deal with Aabar, he wrote a telltale email to the firm's leadership. According to the contract, the investment company was to pay the club 15 million pounds annually. But that apparently isn't the full story. "As we discussed, the annual direct obligation for Aabar is GBP 3 million," Pearce wrote. "The remaining 12 million GBP requirement will come from alternative sources provided by His Highness." With just a single sentence, Pearce confirmed the accusations that his club had repeatedly, indignantly rejected: Namely, that His Highness, Sheikh Mansour, paid a portion of the sponsoring money himself!

 

That is of vital importance when it comes to UEFA's Financial Fair Play rules. If the club goes on a shopping spree with the sheikh's money, those expenditures must be declared, which quickly puts the balance sheet in the red. If, however, that money can be disguised as sponsoring money, it looks like revenues and Man City can afford larger expenditures without fear of UEFA sanctions.

 

How does it work in practice? Apparently, companies like Etihad in Abu Dhabi wait for the Abu Dhabi United Group (ADUG), the holding company that belongs to Sheikh Mansour and which also owns Manchester City, to wire them money. That money is then "routed through the partners and they then forward onto us," wrote Finance Director Andrew Widdowson in an email. That, at least, is how things were done in 2015: At the time, the deal with Etihad was bringing in 67.5 million pounds annually. But Chief Financial Officer Chumillas emphasized in an email to Pearce: "Please note that out of those 67.5m pounds, 8m pounds should be funded directly by Etihad and 59.5 by ADUG."

  

 

Among club employees, Project Longbow would become synonymous over the next several years with the battle against Financial Fair Play. Under Soriano's leadership, Man City established "a central model" that "allows for many of the operational costs to be shifted either fully or partially away from the club."

 

It is a telling window into the team's approach: High costs and losses are fine as long as they can be hidden from UEFA. To help do so, Manchester City established a subsidiary to take care of a share -- and the costs -- of some standard business activities.

 

For example, the club transferred the marketing rights for its players to an external company. Normally, professional teams have to pay their athletes for the right to use them in club marketing material. But City drummed up buyers for those marketing rights -- an ingenious plan. Suddenly, the club no longer had to pay the marketing fees -- the new buyers did, resulting in spending cuts for Man City. Furthermore, the sale of the marketing rights generated additional revenues for the club to present to UEFA investigators: almost 30 million euros in this case. The marketing company adopted the name Fordham Sports Management and it is "very material for our longbow target," City's chief financial officer, Jorge Chumillas, noted internally.

 

Jonathan Rowland wanted additional confirmation of that. "We need to know that AD is fully behind it this is the most important thing," he wrote on April 4, 2013, to Simon Pearce, a club executive and adviser to the Abu Dhabi ruling family. In response, Pearce sought to put Rowland's mind at ease and let him in on the plan: "Regarding the ongoing operating costs, every year we will send in advance the cash of approximately 11 million." The "we" in this case is the holding company that Sheikh Mansour had used to buy Manchester City: Abu Dhabi United Group (ADUG). "I have ended up as the de facto MD (managing director) for ADUG," Pearce joked in one email to colleagues.

 

 

事実と論点

記事が本当だとして、まずわかるのは以下のことや。

  • 損失補填のために、シティの首脳陣は意識的にスポンサー契約をバックデートさせて締結した
  • アブダビ関連のスポンサーフィーの中には、実際はADUGが支払っているものが含まれていた
  • 肖像権使用料という費用を、クラブのアカウントから除外して会計上の費用を削減するために、クラブではなくADUGが直接支払えるスキームを採用した

 

となると、論点は色々あるね。

  1. 「シーズン終了後」だという契約は、2012/13の会計年度が終了した2013年5月31日から10日後を指しているのか、2012/13の最終公式戦であるFAカップ勝戦の2013年5月11日から10日後を指しているのか。前者なら次の会計年度やし、後者ならDer Spiegelが「もうシーズン終わってるがな!!」と言ったことに反して、同じ会計年度になる
  2. 次の会計年度だったとして、バックデート契約は法律的および会計的にアリなのか
  3. 次の会計年度だったとして、バックデート契約は倫理的にアリなのか
  4. 実際にはADUGが支払っていたというスポンサーフィーの支払形態は、会計的にアリなのか
  5. 実際にはADUGが支払っていたというスポンサーフィーは、フェアバリューなのか?
  6. 4)がナシだったとして、また5)がフェアバリューでなかったとして、UEFAの調査委員会はそれを指摘していたのか?
  7. シティが食らったFFPのブレークイーブンルール違反の罰則は、“インファンティーノが便宜を図った結果の、非常に甘いもの”なのか
  8. 肖像権使用料に関するスキームは会計的にアリなのか
  9. 肖像権使用料に関するスキームは倫理的にアリなのか

4については、契約上エティハド航空やアーバルが支払うことになっていたスポンサーフィーが別の法人から支払われることになっていたとしたら、それは虚偽の契約なんやないか?という話がある。2も含めて、そもそも法律的あるいは会計的にナシで、7)UEFAもあえて見逃していたというのなら、これは「Cheating」の誹りを受けてもしゃあないよね。

ていうのは、オーナーが自分の会社からクラブにスポンサーフィーとして金を出すこと自体はありや*4。ピーター・コーツとBet365とストークマイク・アシュリーとスポーツダイレクトとニューカッスル、デイヴ・ウィーランとDWとウィガンなんて、オーナーの会社が胸やスタジアム名に入ってるしね。

ただ問題なのは5)の「フェアバリューなのか?」ということよ。Der Spiegelは「彼が直接払ってるんです!」と言ってるけど、UEFAおよびプレミアリーグFFPの規定に書いてある通り、関係会社が問題になるのは「フェアバリューと異なる」ときやからね。そのときは額が修正される(と、ワシは理解してる。間違ってたらごめんね)。

FFPにおけるRelated Parties(関係会社)とフェアバリューについて)

Financial Fair Play: How clubs justify spending & related party transactions

 

8・9)の肖像権使用料に関するスキームは会計的および倫理的にアリなのか、については、別にいいんちゃう、とワシは思ってる。むしろ2013/14の年次会計報告で費用効率がごっつ改善されたのは何でやろ?と思ってたから、解説してくれてちょっと嬉しかったくらいや。ルールの抜け道を全力で見つけにいったんやろうね。

 

 

嵐が来たりて 

法律的及び会計的にアリなんか、については、ワシは会計士でも弁護士でもないからわからへん。それらが全部(法律的及び会計的に)アリだったとしてもなお、これからの政治的成り行きでどうとでもなりそうな7)、および倫理的にはアリなんか、そしてこれらがシティのイメージに及ぼす影響はどうなんかってことについては、ワシは頭が痛いわ。

法律的に、あるいは会計的にアリだったとしたら、Der Spiegelが書きまくってる「Cheating」という訴えは、この両面では棄却される。そこらのファンがTwitterで言う「Cheatingや」というのと、レベルとしては変わらんことになる。それでもやっぱり、ADUGは株式・貸付という形でのみ資金を注入しており、スポンサーは(例え受益主体がいち航空会社だけでなく国単位だったとしても)経済的に正当化される額の資金を投下している」と思ってたワシの考えはほぼ間違ってたということがわかった。ちゅうか、エミレーツアーセナルに数千万£入れてるんやから、もうちょっと払ってくれたって十分フェアバリューやろ。

 

仮に(何度も繰り返してすまんね)法律的に、あるいは会計的にアリだったとして、それらを証明するための試みには何ぼほどの時間とイメージの毀損があるやろう?今はもう、ベルルスコーニモラッティやチェッキ・ゴーリが好きなように金を補填して、「でも愛があるからいいやん」とかブッこけた時代じゃない。まあ、ワシはあのモラッティが好きやったけど。広い意味でのイメージ戦略のためにアブダビがシティに投資してるんやったとしたら、この記事が出た時点で負けよね。

 

まあ、ニック・ホーンビィが書いてたように、ファンであること自体は蛇口ひねるみたいに止めたり始めたりできることでもないから、見てるしかないねんけどね。今更キキ・ムサンパの突撃とヴァッセルのまぐれ当たりで勝ち点拾ってたことに戻りたいかって言われても、正直嫌やし。嵐が過ぎ去るのを待つしかないかなという心境よ。長い嵐になりそうやけどね。

  

*1:アブダビ・ユナイテッド・グループ

*2:アブダビの投資会社

*3:明らかにシェイク・マンスールのこと

*4:ごめん、これ前回間違った事書いてた。スポンサーフィー=売上に計上してもいいねん