世界しっちゃかめっちゃか編成の旅

むやみに多い登録人数、聞いたことのない若手、謎のギリシャ人。そういう、完全にしっちゃかめっちゃかになってしまったチーム編成が、たしかにこの世には存在する。今回はしっちゃかめっちゃか編成愛好家の私が、皆さんを世界のしっちゃかめっちゃか編成を巡る旅にご案内したい。

 

2005/06 ポーツマス

とはいえ、「しっちゃかめっちゃか」とはどんな状態を指すのか分からない方のために、しっちゃかめっちゃか編成界の巨人、ポーツマスを例にしていくつかの特徴を挙げてみたい。今を遡ること15年前、かろうじて2部降格を免れたときのポーツマスである。ちなみに、伝わる人にはこの編成表の時点で伝わると思う。

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(出典:Wikipedia, 下段はシーズン途中放出)
 

1) 多すぎる

シーズン終了時だけで1軍が30人、しかもシーズンの途中で監督交代を経て約10人ほど選手を放出しているので、1軍だけで40人使ったことになる。

1チーム11人でやるスポーツで40人いる事態がまともなわけはなく、方針がブレブレだったから余ってるというだけの話だ。スターウォーズの新3部作にどうでも良い要素がてんこ盛りになってるようなもんだ(ベニチオ・デル・トロとか)。

 

2) 多様すぎる

上図の国旗を見てほしいが、統一性がなさすぎる。旧ユーゴ系(ステファノヴィッチ、コロマン、モルナル)がいるかと思えば北欧系(プリスケ、カラダシュ)もいるし、アフリカ人(シセ、ムベスマ、ベンジャニ、ルアルア)も中途半端にいっぱいいる。ダイバーシティが称揚される世の中ではあるが、大学生の海外インターン会場より国籍豊かなチームがあったら、それは大体やりすぎなのである。

 

3) 脈絡のない大物がいる

サッカー界にもある種の貴種流離譚がある。ビッグクラブを志半ばにして離れた大物が、規模は劣るが快適に過ごせる中小クラブで輝きを取り戻す。素敵な話だ。リケルメとか。だがそんなケースは悲しいかな稀で、なぜこのクラブに彼が?というケースは、編成か選手かどっちかがだいたい間違っているのである。このポーツマスにもワールドユースで世界を席巻したダレッサンドロ、日韓W杯の前に話題になったオリサデベ、マラガの怪人ダリオ・シルバと結構大物が揃っているのだが、それというのもポーツマスが雇えるレベルまで彼らが落ちてきたからに他ならない。山田邦子が人気無くなってきた頃にNHKがやけに使ってたみたいなもんだ。まずロベール以外の全員がプレミア初挑戦というところが怪しすぎる。

 

4) 肩書が怪しい奴がいる

マネーボール』も言っている。 将来性に夢を見すぎるのは間違っている。出来ない事はできない。そういう意味で、やばそうな肩書の奴に期待をかけるのは概ね間違っているのだ。今回のケースで言えば、「ザンビア代表不動のエース」コリンズ・ムベスマである。ギャンブルすぎるだろ。

 

5) 謎の東欧人がいる

東欧の選手は安い。その上概して語学力があるので雇いやすい。結果、往々にして見られるのが「よく知らない東欧人がポツンといる」状態である。今回で言えばヤニス・スコペリティスとか、コスタス・ハルキアスだ。誰?

 

 

09/10 ポーツマス

よし!わかってきたな?ちゃっちゃか行こう。次もポーツマスだ。今回もすごいぞ。

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(出典:Wikipedia, 下段はシーズン途中放出)

まず、1) 前回に輪をかけて選手が多すぎる。取りも取ったり45人。1軍選手の末尾の背番号が47て。1年間で38試合もリーグ戦があるのに、一番多く出場した選手のスタメン数が26なのである。

 

次に、2) 余りにも寄せ集めすぎる。北はフィンランド(アンティ・ニエミ)から南は南アフリカ(アーロン・マカエナ)まで、一軍だけで19カ国。多すぎるからダメだという直接的な理由はないが、これでキャプテンがデイヴィッド・ジェイムズで、どうやってチームをまとめるのだろうか。カルレス・プジョルでも難しいだろ。

 

ちなみにここらで、この年のポーツマスならではの萌ポイントにも触れていきたい。

 

3) ヘルマン・フレイザルソンがいる

プレミアリーグから降格すること実に5回。あらゆるクラブの降格に立ち会ってきた、云わば降格界のサンジェルマン伯爵。このアイスランド人がいるところ、それすなわちしっちゃかめっちゃかな編成がある。いい選手なんですけど。

https://media.gettyimages.com/photos/carlos-tevez-of-manchester-united-appeals-for-a-penalty-after-being-picture-id525680774?s=2048x2048

 

4) 2部リーグの1.5線級に無茶な期待をかけている

具体的にはダニー・ウェバーとトミー・スミスだが。どちらも若い頃は年代別代表に呼ばれたFWで、2部で二桁点取った年も無くはない、みたいな。Jリーグで例えたら高田保則みたいな感じだ。2部ではたしかにいい選手なんだが、20台後半になっていきなり1部に持ってこられても辛すぎる。それを同じ年に2人まとめて引っ張る当たりがポーツマスポーツマスたる所以と言えよう。

https://media.gettyimages.com/photos/portsmouths-french-striker-frederic-piquionne-celebrates-scoring-his-picture-id97485068?s=2048x2048

 

 

12/13 QPR

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(出典:Wikipedia, フォーマットが違うのは面倒になったため…)

 

ポーツマスの編成がただひたすら無軌道にしっちゃかめっちゃかなのに対し、QPRのそれには最低限の目的的なものは感じられるのである。結果はめちゃくちゃだが。オーナーがほとんど詐欺師だったポーツマスと、普通の「よくわかってない大富豪」だったQPRの違いかも知れない。

https://media.gettyimages.com/photos/chairman-tony-fernandes-looks-on-before-the-barclays-premier-league-picture-id457483254?s=2048x2048

 

 

1) 世界が羨む一発屋打線

QPRの萌ポイントはなんと言ってもFWの編成にある。ボスロイド、ザモラ、DJキャンベル、アンドリュー・ジョンソン。プレミアに興味のない人はピンとこないだろうが、全員プレミアリーグ的に言えばかなり高位の一発屋である。一発屋界のアベンジャーズだ。それをトウが立った段階で集めてきて編成にブチ込むこの度胸を買いたい。しかも冬まではこれにジブリル・シセがいたのだ。ワオ!って感じだ。

https://media.gettyimages.com/photos/jay-bothroyd-of-queens-park-rangers-holds-his-head-during-the-picture-id167710425?s=2048x2048

 

2) 怒涛のロートル補強

インテルでCLを制したGKジュリオ・セーザルチェルシーのレギュラーだったボシングワマンU名脇役パク・チソン。みんな2000年代中盤までだったらすごかったんですけど、みたいなおじさんを集めて、さらにショーン・ライト=フィリップスジャーメイン・ジーナス、キーロン・ダイアー、ルーク・ヤングの4人を揃えている。繰り返すが、2012年なのである。タイムスリップしてんじゃねえぞ。

https://media.gettyimages.com/photos/queens-park-rangers-english-midfielder-shaun-wrightphillips-vies-with-picture-id163410072?s=2048x2048

 

3) すごいクラブの窓際社員

レアル・マドリーの窓際社員だったエステバン・グラネロをアドオン。これだけで「初見のなんとかなりそう感」は跳ね上がる。専門家的にはポイントが高い。

https://media.gettyimages.com/photos/sebastian-tyrala-of-erfurt-challenges-esteban-granero-of-queens-park-picture-id452548134?s=2048x2048

 

 

2001 ヴェルディ

川崎から東京へホームタウンを移し、クラブ名も「東京ヴェルディ1969」に変更。新たな第一歩を歩み始めた名門の味わい深いスカッド

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(出典:まぐまぐまぐろん)

 

やはり、前園・小倉・石塚・廣長というアトランタ五輪世代の夢のカケラをかき集めて何かを作ろうとしたところが強い。今「中田ヒデが叶わなかった天才になにが!?」みたいな番組が流行りだが、もうこの時点でこの4人は若干そういう扱いがあったのである。それが4人。ロマンを通り越して悪ふざけだ。

www.youtube.com

number.bunshun.jp

sports.yahoo.co.jp

 

この年のヴェルディは彼ら以外にもバブリー武田修宏が復帰してきたり、“帝京のロナウド”という異名ばっかり先行していた矢野隼人がいたり、“小野伸二二世”こと佐野裕哉がいたり、日本代表候補に一瞬だけ入った西田吉洋がいたり、とにかくネームバリューだけなら強そうなのがポイントが高い。二つ名ばっかり立派なのである。あと監督も松木安太郎だ。そんなヴェルディはしっかり低迷し、夏に獲ったエジムンドマルキーニョスのおかげで残留した。

 

 

今後の展望

さて、サッカーにどんどん金が入るようになってきたので、中の人間もちゃんと考えて編成をするようになってきた。つまり我々しっちゃかめっちゃか編成愛好家には、冬の時代なのである。退屈な現代にドロップキックを決める経営が今、求められている。

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フィナンシャル・フェア・プレイはフェアじゃない

もはやそれどころではなくなってしまったが、コロナ以前、マンチェスター・シティUEFAから2年間の欧州コンペティション出場停止処分を受け、CASに提訴するという事件があった。その原因となったフィナンシャル・フェア・プレイ(FFP)のブレークイーブンルールへの違反について、FFPの成り立ちを踏まえて片野道郎氏がNewsPicksにコラムを寄稿している。

newspicks.com

 

さて、マンチェスター・シティのファンである私だが、今回の処分自体について異論を唱える気は全くないのである。この件が発覚した2018年末から書いているように、この件がUEFA側の主張する通りであれば、これはアウトだ。ルールが不当かどうかと、ルールを守らなくても良いかは別の話で、決められたルールを遵守しなかったのなら処分されるべきだ。その点については何も異論はない。むしろ、この件については我々ファンも謝られる対象であろう。

wegottadigitupsomehow.hatenablog.com

wegottadigitupsomehow.hatenablog.com

 

ただし、滑稽だとは思う。例えばヴィッセル神戸は、親会社である楽天のスポーツ事業の一環として運営されているため、イニエスタダビド・ビジャを高額の年俸で雇って生まれるはずの損失はスポンサーフィーで埋め合わせる、という経営を行っていて、日本プロサッカーリーグの木村専務理事から「1つの理想の形」と評されている。「ヴィッセルが勝つことはJリーグの発展につながる」と評する人もいる。市場の大きさが違うとは言え、ある場所では「カネの力でルールをねじ曲げた」と蛇蝎のごとく非難される方式が、リーグ全体の希望と呼ばれているのはウケる。

headlines.yahoo.co.jp

www.kobe-np.co.jp

 

まあそれはただの感慨として置いておいて。真面目な話をすると、片野氏の議論はFFPについて牧歌的に過ぎると思われる。氏の連載第1回『UEFAはなぜ、利益にならない「マンC裁定」を決断したのか』は下記のように主張している(ちなみに、シティをCLから排除することはUEFAにとって大打撃だ、とのことだが、マンチェスター・ユナイテッドアーセナルチェルシーといった人気クラブが代わりにCL/ELに参加できるのに、UEFAにとってどの程度本当に痛いのかは疑わしい。ただでさえシティがCLを戦うときは客が入らないのだ。)。

  • FFPの目的はクラブの経営健全化と公正な競争環境の確保である
  • FFP導入前の欧州サッカークラブの財政状況はリスクが大きかった
  • オーナーの私財や銀行からの借り入れによる損失補填(赤字の穴埋め)は①赤字経営の原因であり、②「不健全かつアンフェア」であり、厳しく制限するべきである、とUEFAは考えていた

加えて、Twitterではあるが、下記もほぼ記事に含まれている主張として考えて良さそうだ。

  • FFPが持つメガクラブの既得権益保護という側面は結果的なものである 

 

 

「クラブの経営健全化と公正な競争環境」。はい。この主張にほとんど直接的に反論しているのが、『「ジャパン」はなぜ負けるのか  経済学が解明するサッカーの不条理』の著者であるステファン・シマンスキの2014年の論文、『Fair is Foul: A Critical Analysis of UEFA Financial Fair Play』である。趣旨を要約してみよう。

ideas.repec.org

www.amazon.co.jp

 

「フィナンシャル・フェア・プレイ」という名前は極めてミスリーディングで、そもそも目指しているのは「フェア」ではなく「効率性」という方が正確である

    • FFPの導入時にUEFAが宣言した目的は以下の通り
    1. to improve the economic and financial capability of the clubs, increasing their transparency and credibility;
    2. to place the necessary importance on the protection of creditors and to ensure that clubs settle their liabilities with players, social/tax authorities and other clubs punctually;
    3. to introduce more discipline and rationality in club football finances;
    4. to encourage clubs to operate on the basis of their own revenues;
    5. to encourage responsible spending for the long-term benefit of football; and
    6. to protect the long-term viability and sustainability of European club football.”

じゃあその経済的効率性の観点から見て有効なルールなのかと。

 

効率性の観点から見て的確なルールではない

  • 確かに、2011年時点で欧州のトップディビジョンのクラブのか半数以上(63%)は営業赤字を計上していた。経済的効率性の観点から考えれば、欧州サッカーは供給過剰だった
  • FFPは、欧州全体で経営規模を縮小することで、過剰供給を是正しようとするものと解釈できる。移籍金額の減少は選手の給与を下げる圧力を与えるので、選手供給・クラブ供給の減少にもつながらない
  • 一方で選手の給料が下がれば、現状ですでに利益を生んでいるクラブは余剰分を強化に使える。つまり、売上が大きいクラブには有利に働く
  • さて、このバランス調整効果は効率性を特に高めたりはしない。オーナーたちは自分たちで望んでキャッシュを注入しているのであり、それが出来なくなれば別のオーナーが出てくるだけの話だ。サッカークラブは確かに多くが赤字だったが、にも関わらずそのせいで解散する羽目になったプロチームは殆どない
  • ぶっちゃけ、UEFAの会長だった頃のプラティニの発言からも伺い知れるように、FFPは最初からシュガーダディ(私財を投じる裕福な個人。例えば、チェルシーロマン・アブラモヴィッチや、シティのシェイク・マンスール)を狙いに来ているのだが、もしFFPが効率性を高めるためのルールだとすれば、シュガーダディを規制する理由はない。むしろ移籍金支払を通じて彼らの投資は業界全体に分配される。
  • シュガーダディによる投資は「サステナブルじゃない」という人もいる。本当にそうなのかは明確ではない。一つ言えるのは、サッカーに投資したいシュガーダディの数は増える一方だ。
  • 欧州サッカーに規制を持ち込むべきだと言うなら、この質問に答えなくてはならない:市場の失敗が明確に見えていないのに、なぜ規制を持ち込む必要があるのか?
  • むしろ、間違った規制は効率性を低下させ、サッカーに投じられる資源を欧州から他地域へ移してしまう要因になる。

 

かといって“フェア”でもない

    • 「自前の」売上以外に頼るのはフェアではない-とする。問題なのは、何が「自前」なのかを定義するのは難しいということだ。サッカーファンは、自分たちのクラブはスポーツ面に関する努力(だけ)を源泉として人気やブランドを築いてきたのであって、自分たちのクラブの収入は「きれいな金」だと思いたがる。実際には投資家に頼ったり、宝くじを売ったり、製造業を始めたり、サッカークラブは(サッカーに直接関係ない)ファイナンスの努力を様々繰り返してきた。本当に自分たちのリソースだけをもとに始まったクラブなどないのだ。
    • だが真の問題は、「公正さ」を追求する上で本丸であるはずの収入分配の仕組みが無視されていることだ。そっちの方がよっぽど効果的なのだが。

     

2つ議論があって、まず「フェア」と名乗るからには公正さを対象にすべきである(さもなくばミスリーディングである)という話。もう一つが、ここで言う「フェア」とは「自前」の、サッカー面だけに起因する売上の範囲内でお金を使うことを指しているのであって、「オーナーの私財や銀行からの借り入れによる損失補填」はアンフェアだ、という主張について、その定義は非常に恣意的かつ副作用が大きいですよねという指摘。

 

若干話は逸れるが、3月のFinancial Timesでのアンドレア・アニェッリの発言が思い出される。曰く、ローマのように過去CLで継続的に素晴らしい成績を残したクラブが、1シーズン成績が悪いだけでCLに参加できない状況はフェアなのか、これでは投資家を安定的に呼び込むことができないと。アニェッリくらい、顔に「偽善」と書いてあるような人間も珍しい。ラットレース的競争であるプロスポーツの中に、初期投資を著しく制限するルールがある方がよっぽど投資意欲を削ぐと思われるが。(まあ、シティのアル=ムバラクのように露悪的になるのもどうかと思うが)

 

競争を歪めることについての指摘はFFP導入当時から存在した。経済学者のヘニング・フェーペルは「過去の事例から見て、破綻も独占も、プロサッカー界において深刻な問題にはなっていない」「プロコン両面を勘案して、FFPは不完全かつ効果が不明確な上、モニタリングのコストが大きいため、適切な規制だとは判断し難い。」と指摘している。

https://core.ac.uk/download/pdf/6692916.pdf

 

Empirically, neither insolvency nor monopolization has been a serious problem in professional club football. There is no clear evidence that the competitive balance has been distorted more heavily as a result of recent developments in the European club football than in previous years.

 (中略)

Moreover, it would have to be proven that a single club’s disappearance from the market due to insolvency could have negative external effects or even exhibit systemic risks due to its high systemic importance or relevance for the European club football as could be assumed for clubs like FC Barcelona, Real Madrid or Manchester United.

 (中略)

According to the UEFA, Financial Fair Play is aimed at rebalancing competition and enhancing long-term financial stability in European club football. This is to be reached by a “break-even requirement” that limits a club’s deficit and restricts the influence of patrons and investors. Summing up all pros and cons, it can be concluded that Financial Fair Play does not seem to be an appropriate regulation because it is incomplete, of uncertain effectiveness and very costly to monitor compared to potential benefits.

 

 

また、ボッコーニのグループが行ったFFP導入後の効果に対する定量的な分析では、「損失削減(PL改善)には効果が現れている」が、そのことと「負債水準の低減(B/S改善)とCFの改善がついてきていない」との結論が提示されている。破綻の危機を回避するのが目的だったなら、そちらが本丸でなくてはならない。

papers.ssrn.com

 

 

結論

シマンスキとフェーペルの主張をまとめると以下のようになる。

  • FFPの目的はクラブの経営健全化と公正な競争環境の確保である→「公正な競争環境」は実質的には目的と言い難い
  • FFP導入前の欧州サッカークラブの財政状況はリスクが大きかった→赤字であることが直接的な破綻には繋がっていなかった。
  • オーナーの私財や銀行からの借り入れによる損失補填(赤字の穴埋め)は①赤字経営の原因であり、②「不健全かつアンフェア」であり、厳しく制限するべきである、とUEFAは考えていた→①は遠因の1つにはなるだろうが、オーナーに保証を求めるとかもっと効率的かつ反競争的でないやり方はあり得る。②もっと是正すべき公正さはある

 

以前書いたが、去年まで降格を現実的な可能性として捉えていたようなチームが、大富豪に買収されたからといって数年でタイトルが争えるようになるとムカつく、という心情はよくわかる(実際のところ、金だけで成功するのは難しいのだが)。

一方で、規制が存在しなかった時代に様々な手法で得られた先行者優位による格差をFFPが拡大・固定化する可能性は施行時から指摘されており、かつ現実になりつつある。それに対して、今更「結果的にはそういう側面もあるかも知れないが」というのは牧歌的にすぎるだろう。

#僕の私のドリームチーム 素材本位のイングランド代表  

 

みんな、堕ちた天才の話は好きか?

 

そうか、先生も大好きだ。ネスタと財前の話なんか聞くとワクワクするよな?よーし、じゃあ今日は一つ、「ポテンシャルをフルに発揮していたらすごかったはずのイングランド代表」を選んでみようじゃないか。

https://media.gettyimages.com/photos/theo-walcott-of-arsenal-celebrates-scoring-his-sides-first-goal-the-picture-id628913858?s=2048x2048

(まあこの人は今回選んでないんですが)

 

そういうわけなんですよ。元のネタはアトさんの「私選:素材本位の”日本代表”」ですけれども。ワクワクしない?こういうの。みんなも自分のドリームチームを教えてくれよな。

atlanta.blog24.fc2.com

 

そういうことで、以下の選考基準で25人を選んでみたわけよ。

  1. 素材、(私の考える)最大ポテンシャル重視
  2. 代表レベルできちんと”本領”を発揮したのを、私が見た記憶の無い選手。(ただしその”代表”自体は、年代別でも構わない)
  3. 2000年以後を対象。ただしこれから「発揮」しそうな選手は除外。

 

GK      フォースター              ジェイムズ                 

CB       キング                         ウッドゲイト

CB       リチャーズ                  ロドウェル

RB       ハーグリーヴズ          アントニオ

LB       マット・テイラー       リッジウェル 

CM      ミルナー                     M. ジョンソン         

CM      ダイアー                     ウィルシャー 

RM      アダム・ジョンソン   ベントレー                 

LM      ジョー・コール          ザハ

FW      ヤング                         K. フィリップス

FW      キャロル                     スタリッジ

 

GK

フレイザー・フォースター

やっぱり、デカいのが良いですよね。201cm。それでいてフォースターはひょろ長いわけじゃなくて、筋肉質で運動能力が高いというのが安心感が高い。やはりそれまでのロビンソンなり、ライトなり、グリーンなり、カーソンなりに感じる不安は「こいつらひょっとして、普通にどんくさいんじゃないか?」みたいなところがあったんで。

 

デイヴィッド・ジェイムズ

「Donkey」「疫病神」として有名だったジェイムズ先生。よく「至近距離からのシュートに対する反応はピカイチ」と言われてきたが、実は全然そんなことなくて、ジャンプ力とヤマカンに頼っているだけのGKだったんですよね。私が思うに。これが30代後半のポーツマス時代になると、ミスも少なかったし、シュートストップの性能も高かったし、ハートを除けば国内で最高のGKと言って差し支えなかったと思う。ジャンプ力や走るスピードに自信がなくなってきたのが良かったのかもしれない。ああいう雑な育ち方をするのは、時代的にしょうがなかったでしょうけどね。イギリスが一番調子こいてた時代の、一番調子こいてたクラブ(リヴァプール)の出身だし*1

 

 

CB

レドリー・キング

治療法が見つからない怪我で有名だったスパーズのキャプテン。もう、とにかく常に怪我をしていた。アンリが「プレミア最高のDF」と言ったとか言ってないとかいう話もあったが、強くて速くて頭も良かったし、ボールもつなげたし、頑丈でさえあればキャラガーよりよっぽど出世していたであろう、と思います。

 

マイカ・リチャーズ

シティ・アカデミーが生んだ最後のレギュラー。シティがアブダビ資本に買収されたあとはサイドバックに転身していて、代表でも基本的には右サイドバックだったが、ほんとはセンターバックなんすよね。この人は。ほんとはってことも無いけども。右サイドバックだと確かに強くて速いんだけど、カイル・ウォーカーを日常的に見ている今となってはあまり新鮮味もないし、あとドリブルに弱い。一方で真ん中やっているときはその快足をカバーリングに活かしまくっていて、CB一本で育成されてほしかったところ。

 

ジョナサン・ウッドゲイト

もはや「レアル・マドリー史上最悪の買い物」、という文脈でしか触れられなくなって久しいが、天才的なCB。リベロ風の佇まいで誤解されがちだが、結構純粋なストッパー型だったと思われる。組み立てとかはそんなにできないけど、強くて、高くて、常に反応が速くてね。

 

ジャック・ロドウェル

CBに置いてるのは間違いではなく。かなり無理はありますけれども。もともとユース時代はDFとMF兼任だったらしくて、「リオ・ファーディナンド二世」という評判もあったしね。後から出てきたバークレーとかと比べてもボール扱いの巧みさとかには限界があって、中盤ではエヴァートンで威張るのが関の山だったように思う。シティ移籍後の初戦で隣のヤヤに思いっきりビビりまくっていたのも、同じポジションでのクオリティの差を考えれば已む無いところだったのかと。CBならあの縦への持ち上がり、長いパスレンジが特徴として活きたのではないか。そういう意味で、CBに選出。

 

 

サイドバック

オーウェン・ハーグリーヴズ

バイエルンマンUで活躍したおなじみの天才ボランチだが、右サイドバックに置いたのはここを担当した2006年W杯が余りにも良かったからです。走力もあったし、ボール扱いも上手いし、賢くボールを動かせたしで、10年遅く生まれてたらそれこそラームみたいになれたんじゃないかと思うわけ。

 

マイケル・アントニオ

ウェストハムで活躍中のウィンガー。強くて速いじゃん?とにかく。あのゴリラっぽさ、右サイドバックに置いたら相手のエースをめちゃめちゃ殺してくれそうな気がする。まあ聞いたところによると「実際、右サイドバックもやったことある」らしくて、普通にそこそこの出来に収まってしまってる(だから現実にはウィングやってる)という可能性はあるわけですが、私が未見なので、可能性だけを信じてサイドバックに配置。

 

サイドバック

マシュー・テイラー

ポーツマスで脚光を浴びた左ウィングバック/ウィング。後年は「後ろから来る長いボールに異様に強い」という奇妙な特徴を買われて、アラダイス政権のボルトンでレギュラーに定着。1回だけリーグで10点取ったりして、かなり活躍した方ではあるんですが、ウィングではかなり「飛び道具」的な使い方に限定される選手だったので、サイドバックで見たかったですね。後方からあのパワフルな左足でサイドチェンジをするところがもっと見たかった。ちょっとコラロフっぽい選手だったと思います。身体も強かったしね。

 

リアム・リッジウェル

ごめん、ちょっと思い浮かばなかった。リチャードソンと迷ったが、サイズがある、身体が柔らかくて無理が効く、そこそこボールが扱える、という点で選出。ちょっと流石に厳しすぎるかもしれない。

 

 

セントラルMF

ジェイムズ・ミルナー

十分活躍してるやろという意見はもちろんありますが。シティでリーグ優勝2回、リヴァプールでCL優勝1回取ってるし。20代後半以降になってどんどんチーム内での価値が高まっていって、ネット上でのファンダムからの評価も「いぶし銀」としてうなぎ登っていったところは、人徳の為せる技という気がします。

それがなんで入ってるかというと、2009/10にヴィラで見せたMF中央でのプレーが眩しすぎたからです。ほぼスコールズでしたよあれは。あそこでシティに行かずに、それこそマンUにでも行ってればイングランドのMFに君臨するミルナーが見れたかもしれない。そういう意味での選出。すごい選手だけどね、今も。

 

マイケル・ジョンソン

知ってる?知らんやろ、みんな。多分この中では最もまともにプレーしてない選手で、実質的には10代でキャリアが終わっちゃってるんですね。1シーズンも保ってない。でも2007/08にシティで出てきて、十代でレギュラーを張っていたときは、ランパードとジェラードを足して2で割ったような可能性を感じさせました。前線に飛び出していくタイミングの良さと、長いストライドを活かした突進力と。パスレンジも長かったし。惜しい人を亡くしました。(死んでないけど)

 

キーロン・ダイアー

覚えてますか、キーロン・ダイアー。「ベラミーと同じくらい足が速いCMF」という、訳のわからないプレースタイルの選手だった。今でいうと「スターリングと同じくらい足が速いCMF」という感じか。 そんなん見たことある?ないでしょ。“ラン&ガン”のロブソン政権ニューカッスルでやってた全盛期は、他の誰かでは出せない威力がありました。Wikipediaでは「右ウィングが本職」と書かれてますが、絶対中央の方がよかった。今だったらペップが4-3-3のMFで使ってカウンターで走らせまくりそう。

 

ジャック・ウィルシャー

CLバルセロナ戦の衝撃をもって選出。怪我もさることながら、30近くなっても一向に成長しない精神面が、勿体なかったですね。

 

 

右ウィング/アタッキングMF

アダム・ジョンソン

ドリブラーじゃなかったですよね。なかったと言うか、そんなにドリブル自体には実効性がなかった。バタバタしてるだけで、そんなにスピードも無いから抜けないし。ただシュートにせよスルーパスにせよクロスにせよ「通す」のが天才的に上手くて、他のイングランド人には全く無い美しさがあった。ほんとその瞬間だけ切り取れば、ダビド・シルバやナスリより「優雅」ではありましたよ。

 

デイヴィッド・ベントレー

端正な顔と、射程距離の長い右足が売りだったMF。多分属性とタイミング的に「ベッカム二世」的な扱いをされすぎたのが良くなかったと思う。あとは、あの時代のスパーズに行ったこと。実際はセカンドトップ/トップ下に置かれてた方が、飛び出しもできるし、自慢のキックももっとゴールに近いところで使えるし、良かったんじゃないすかね。

 

左ウィング/アタッキングMF

ジョー・コール

ご存知天才児。モウリーニョに改造されて超ハードワーキングなウィングになって、一回ベストイレブンに選ばれるくらいの活躍はしましたけど、もっとチームの中心として輝くところが見たかった。

 

ウィルフリード・ザハ

このあと全盛期を迎える可能性も全然あるんで若干反則ですけども、まあ「イングランド代表で」見ることは二度と出来ないという意味で。ほとんどウイイレ的な突破力があって、身体が強いから苦しいときに頼ることも出来て、文句ないですね。早くアーセナルとか行ったら良いと思う。

 

 

FW

ケヴィン・フィリップス

彼自身の全盛期は、ナイアル・クインと組んだときの「得点特化型」FWとして来てるわけですけど、実際はもっと万能型だったんすよね。視野も広いし、中盤に降りてきて捌くこともできるし、クロス上げても正確だし。単に得点だけ狙ってても勿論すごいけど、ミニ・アグエロみたいになれたと思います。

 

アシュリー・ヤング

間違いじゃないよ!!いやマジで。ワトフォード~ヴィラ時代のトップ下兼ウィングとしてのヤングはスピードもあったし、裏を取るセンスもあったし、フィニッシュも正確で、もうちょっとちゃんとFWとして育ててほしかったと思います。まあ35になってサイドバックに転身して頑張ってるのもすごいけどさ。

 

アンディ・キャロル

(あのときの)リヴァプールに行っちゃったのがね・・・。2000年代の終わりに一瞬だけ猛威を奮ったニューカッスル育ち。プレミアのCBを子供扱いする異様な空中戦の強さに加えて、そこそこボール扱いも柔らかかったし、どっからでもブチ込める左足もあったんで、二桁得点1回で終わるような選手では無かったはずですが。

 

ダニエル・スタリッジ

2013/14にスアレススターリングと組んでたときの万能ぶり、それでいてのクリティカルさは、近年のイングランド人FWにはほぼ比類なきレベル。それこそ、一番点取ってたときのルーニーくらいじゃないかと。もっと見たかったっすね。シティのOBだし。賭博て、お前。

 

 

そういうわけでみんな、それぞれの「ホントだったらすごかったはずのベストイレブン」、教えてくれよな。待ってるぜ。

 

*1:リヴァプールの選手がどれくらい調子こいてたかは、「Spice Boys」で検索してみよう

時間がない人のための「シティは何の件で糾弾されているのか」

まとめ

  • なぜ?:①アブダビ関連企業からのスポンサー契約をバックデートして締結し、2012/13シーズンに(ブレイクイーブンルールに抵触する水準の)損失が発生しないようにした疑い。②更に遡って、2010年の契約で、アブダビ関連企業からの契約のうち、額面の大半をオーナーの会社から支払い、売上計上した。つまり、スポンサーフィーを過大に計上した疑い。
  • それでどうなった?:2020年2月14日、UEFAが2年間の欧州コンペティション出場停止と罰金を発表
  • UEFAは知ってた?:これが大事なところで、UEFAはFootball Leaksが暴露するまで知らなかったのではないかと思われる。当然えらいこっちゃだ。(調査に入るときに、UEFAは「新事実が出てきたので」というようなことを仄めかしている。)
  • この話いつ出てきた?:2018年11月。Football Leaksのリークに端を発する、Der Spiegelの報道によって
  • この話、全体としてどの程度信憑性があんの?:不明だが、これもメールが出てきている(らしい)

 

 

詳細)Der Spiegelの記事からわかること

下記は、ポルトガルハッカーがシティのサーバーをハッキングして入手したと主張しているEメール等をもとに、独紙Der Spiegelが主張した内容

  • シティの首脳陣は、2012/13シーズンの終わりに、FFPのブレークイーブンルールに抵触しそうなことを把握した。*1
  • 財務部門のホルヘ・チュミジャは、「不足分を埋める唯一の解決策は、アブダビからのスポンサーシップ収入だと思います」と内部のeメールに書いた
  • 幹部のサイモン・ピアースは、「今後の2年間に対して、バックデートした契約を結べばいい」と提案。またCEOのソリアーノも、FAカップに優勝した場合のボーナス収入を契約に盛り込むことを提案した。
  • 結果として(※Der Spiegelは「シーズン終了から10日後」と書いている)、エティハド航空は150万£、アーバル*2は50万£、官公庁は550万£を追加でスポンサーフィーとして支払い。契約の日付は、シーズン開幕時にバックデートされた。
  • チュミジャがアブダビからのスポンサー契約をバックデートすることが可能なのかと聞いたのに対して、サイモン・ピアースは"Of course, we can do what we want."と回答した。
  • 時間は戻って2010年4月、ピアースはアーバルとのスポンサー契約を締結。フィーは年間1,500万£だったが、ピアースは内部のメールで「アーバルからの直接的な支払いは300万£で、残りの1,200万£は陛下*3からの別の資金源から」と書いた
  • また、エティハド航空からの年間6,750万£ののスポンサーフィーについては、「800万£がエティハドからで、5,950万£はADUGから」と、チュミジャがピアースに宛てたメールの中で記載している
  • FFP抵触を回避するために、シティ内部で「プロジェクト・ロングボウ(長弓)」というプロジェクトが立ち上がった
  • 通常、クラブは所属している選手を使った販促品を作る場合、選手の肖像権使用料を選手に支払わなければならない。しかしシティは、①肖像権管理会社(Manchester City Football Club(Image Rights)Limited)を設立、②それを新たに設立した「Fordham Sports Management」というマーケティング会社に売却し、③肖像権使用料はFordhamが支払う、④そしてADUGがFordhamに損失を補填する、というスキームを編み出した。
  • Fordhamの代表として雇われたジョナサン・ロウランドは「ADUGが全面的に支援することが最重要だ」と念押しし、サイモン・ピアースは「営業費用については、毎期先払いで約1,100万(※おそらく£)をキャッシュで支払う」と回答した

*1:マンチーニの解約違約金のため、という説がある

サッカークラブはどの程度なら立ち直れるのか

マンチェスター・シティ、2年間の欧州コンペティション出場停止と罰金。

 

www.theguardian.com

 

 

なぜこういうことになったのか、という点についてはこちらの過去記事を見てほしい。マンチェスター・シティにはCASへの上告余地があるので、来季からすぐに出場停止になるわけではないという説もあるが、今後「チート」「インチキ」との誹りは免れ得ないだろう。CLから締め出しともなれば、収入面でも大きなダメージを受けることは間違いない。

 

さて、サッカークラブはどれくらいレジリエントなのだろうか。つまり、どの程度のダメージなら立ち直ることが可能なのであろうか。

 

例えばリヴァプール。1985年、リヴァプールには「ファンが相手のファン約30人を試合会場で殺す」というかなりストロングスタイルの事件があった。結果は6年間の欧州コンペティション出場禁止である。とはいえその後も3回リーグ優勝をしているし、90年代から00年代を通じてサッカー界におけるリヴァプールの人気は健在だった。

 

ja.wikipedia.org

 

例えばユヴェントス。「ヤオセロナ」や「ペナルティアーノ」など、審判の買収に関するジョークはスポーツをめぐるナラティブに深く浸透しているが、ユーベは実際にそれをやるというイノベーションに打って出た。まあ実際のところ、イタリアではみんなやっていたのだが。最終的にはタイトル剥奪、2部降格処分を食らったものの、2010年代には常勝クラブとしての地位を取り戻している。
カルチョポリの顛末についてはこの記事に詳しい。2011年に「クラブに対しては法的責任を問わない(モッジら当時の首脳陣や審判個人に対して問うているので)」という判決文が出たことが、一部で「ユーベは八百長をやっていなかった」という説が出るようになった原因だろう) 

tifosissimo.jp

 

 

一方でポーツマスのように財政破綻とタイミングを合わせてプレミアから実質3部まで転落し、今もその地位を取り戻せていないクラブもある。

 

シティに対する処分が発表された日にそういうことを言い出すとは、他のクラブを引き合いに出して印象を薄めようとしてるんですか!?許せません!!という声もあろうかとは思うが、まあちょっと落ち着いて頂きたい。実際、この2つはサッカークラブとしてはかなりの危機のはずだ。あなたがこの2つのクラブの社長として雇われているとしよう。ある日報告がある。スタジアムで相手のファンを殺害してしまった。GMが審判に圧力をかけていた。自分なら、頭を抱えて2時間は喫煙室から出てこれない自信がある。そこから立ち直ったというのはいろんな意味でサッカー史に残る出来事だと思うのである。

 

ただしリヴァプールユヴェントスの場合、事件発生時点で既に名門クラブとしての強いブランドがあった。特にリヴァプールの場合は突発的な事故である。謂わば本来的な価値はちゃんとあって、ガバナンス上の問題でそれが一時的に毀損されているだけ、と評価される状態だ。一方で新興クラブのシティの場合、「粉飾会計を行って価値を水増ししていた」と見なされる可能性がある。そうなれば現状の事業規模を保つことは難しくなる。

 

その意味で、過去の危機事例は参考になりづらいと思うのである。

欧州サッカー界における格差の拡大;格差のどこを批判するべきか

一握りのビッグクラブに金と注目が集まる傾向が進みつつある。リヴァプールバルセロナマンチェスター・シティといったクラブはマーケティングとファンエンゲージメントの技術を駆使して年々新たな「価値提供」(金儲けのことをオブラートに包みたいときにMBA持ちが使う言葉だ)の方法を編み出し、ユヴェントスレアル・マドリーは欧州スーパーリーグの設立に躍起になっている。一方で、格差の拡大は予測可能性の高まりや中小クラブの経営危機につながる可能性もある。

 

 

『近代サッカーはいかにして修復不可能なところに来てしまったか』(The Independent, Miguel Delaney)

https://www.independent.co.uk/sport/football/premier-league/champions-league-superclubs-liverpool-man-utd-barcelona-real-madrid-a9330431.html

反格差派の急先鋒、ミゲル・ディレイニーの力作。読んでみるとこの人特有の大げさ・繰り返しが多くてちっとも話が進まないのでイライラするのだが、主張のポイントとしては;

  • 一握りのエリートクラブとその他の差がこれほど広がったことはなかった。過去10年だけで見ても、例えばこれだけのことが起こっている
  • 5大リーグ全てで、優勝するのに必要な勝ち点は20年で約15~20増えている
  • イタリア、ドイツはこれまでのような均衡・番狂わせがなくなり、ほぼ10年同じチームが優勝している
  • トップ4に入るチームは年々固定化している
  • 3点差以上つくような虐殺の発生確率が高まっている

というようなところだ。エリートクラブは自己永続的な円環構造を築いてしまっている。金がある、選手が買える、インフラに投資できる、イケてるマーケティングができる、良いサッカーができる、上位に入る、新たなスポンサーがつく。以下繰り返し。

しかも彼らはもっと大きな取り分を要求している。フロレンティーノ・ペレスとアニェッリは言うに及ばないが、ダニエル・レヴィも「私らは“もっとフェアな”取り分がほしいだけなんですよ」と言っているらしい。サッカークラブはすべて平等だが、あるサッカークラブはもっと平等なのだ。

ただ、本質的なところには全然触れてくれないのでそれが歯がゆい。富が集中したとして、それで何が悪いのか?実際、欧州スーパーリーグが開始されたら大多数のファンはそっちを見るだろう。

 

 

実際、イングランドで92もプロクラブがあるのは多すぎるのではないか?という話もある。クラブ経営で利益を得ようと思ったら、リーグ機構がクラブ数を集約してくれるのが一番手っ取り早い。Jリーグも、クラブ数が半分になったら投資できるのにと思っている投資家は少なくないのではないか。
『Amid Growing Soccer Wealth Gap, Is 92 Teams Too Many?』

https://www.nytimes.com/2019/08/23/sports/soccer/bury-efl-pogba-twitter.html?emc=rss&partner=rss

 

 

『IS IT REALLY “INSANE” TO THINK EUROPE’S TOP CLUBS COULD FORM THEIR OWN SUPER LEAGUE?』

https://worldfootballsummit.com/is-it-really-insane-to-think-top-european-clubs-could-form-their-own-super-league-2/

ちなみにUEFAが実際に収入をどう分配しているのかについて;「5大リーグとその他50の国に対して前者が60%、後者が40%を得る。後者に行き渡る40%は、各国リーグが欧州のコンペティションに参加するのにかかる費用の約2倍」ということで、UEFA的にはかなり平等配分を進めている認識らしい。

 

こうした寡占化と格差の拡大に反対する主張は色々考えられるが、プロクラブの削減・プロを目指す選手人口の減少はレベルの低下につながらないのかという点が気になる。NFLNBAはこれをどう解決しているのだろうか?(カレッジスポーツが実質的に下部のプロリーグ的な機能を果たしているのかも知れない)

プレミアトップ6の10年間を振り返ろう:なぜマンU・アーセナルが沈み、シティ・リバポ・トテナムが台頭したのか

 

色々ありましたね2010年代。リーガ・エスパニョーラとの売上高の差は今や2,400億円。プレミアリーグにとっては、サッカー観戦市場のグローバル化がもたらす恩恵を最大限に受けた10年間であった。

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欧州5大リーグの売上高推移(百万ユーロ)

 

さて、10年間の間にビッグ6にも色々あった。というか、トッテナムとシティが台頭してビッグ6という枠組みが成立したのがちょうど10年前の2009/10シーズンだ。この10年間にサッカーもビジネス化したとか、資本主義の論理で動くようになったとか色々いわれるようになった。まあ要するに市場として成長したのだが、そのおかげでビジネスっぽい視点からサッカーを見るのもちょっと流行りになっている。例えば片野道郎さんがNewspicksにこういうコラムを載せたりとか。よっていつものことではあるが、ビジネスっぽい目線に立ちながら、プレミアトップ6の2010年代を振り返ってみたい。

newspicks.com

 

 

 

アーセナル 凋落

平均順位:2000-2009 2.3位 vs 2010-2019 3.9位

平均勝ち点:2000-2009 77.1 vs 2010-2019 71.9

獲得タイトル:FAカップ×3

 

10年前の時点ですでに「CL圏を獲得するだけでいいのか」という批判はあったが、ここまで落ちると予想した人は少なかったのではないか。そういう切ない10年であった。

 

この10年をまとめると、事業と財務が適切に連携できなかったために、千載一遇の機会を逃し、ファンの愛情に応えられなかった期間と言える。確かにアーセナルにはマンチェスター・ユナイテッドほどの収益力も、チェルシーマンチェスター・シティのようなオーナーもいなかったが、タイトル争いをするのに無尽蔵の資金は必ずしも必要ないというのはトッテナムやレスターが見せた通りだ。というのは、フィナンシャルフェアプレイ(FFP)があるので各クラブは原則的には損失を出せない、つまり売上でカバーできる範囲内でしか費用を使えないので、資金源の差は矮小化される。

加えて、2010年代初頭のアーセナルには、スタジアム建設にかかる負債の返済を差し引いても、他クラブを圧倒する現預金があった。しかも09/10シーズンには負債の大幅な元本返済を済ませているのだ。なのに金を使えなかった。2010年代中盤になってから慌てて獲得を増やしているが、時既に遅しであった。これは事業サイド、つまりピッチ内のパフォーマンスを勘案し、選手の売買にゴーサインを出す財務が機能していなかったと見るべきであろう。

https://media.gettyimages.com/photos/arsenal-manager-arsene-wenger-looks-on-during-the-premier-league-picture-id946602852?s=2048x2048

 

そうなってしまった経緯も正直意味がわからない。2010年代中盤の時点で、ヴェンゲルは「移籍金が高騰することは以前から分かっていた」と言っている。じゃあなんで現金を腐らせておいたんでしょうか。案の定、現金の実質的な価値は10年前に比べて激減してしまった。10年前なら5,000万ポンドあれば世界屈指の選手が買えたが、今やサイドバック一人分である。

 

これはぶっちゃけ、ファンに対する裏切りだと思う。というのは、クラブに蓄えられた現預金というのはファンがチームに期待して買ったチケットや、愛着を感じて買ったグッズの売上の集積であり、あるいはファンが(直接的な儀式を経ないまでも)信任したオーナーからの資金であるわけで、平たく言えばファンの愛である。それを腐らせておいて、フィナンシャルフェアプレイの文句を言うとか、他にすることがいくらでもあったのではないだろうか。

 

そうして資金を使わないうちに、アーセナルは資金を「使えない」クラブになってしまった。アレクシス・サンチェスとアルテタの件で二回も案件がポシャりかけた(サンチェスの場合は実際にポシャった)不手際が示しているのは、アーセナルが決めたことを実行することも、あるいは「決める」ことすらも覚束なくなっているということだ。

https://media.gettyimages.com/photos/alexis-sanchez-of-manchester-united-looks-dejected-in-defeat-after-picture-id931580674?s=2048x2048

 

とここまで批判はしてきたものの、数年に一回見せるザックジャパン究極系みたいなスーパーゴールとか、「ブリティッシュ・コア」という素敵なコンセプトとか、楽しいところもたくさんあった。なんと言っていいかよくわからんが、アーセナルのことを嫌いになるのは難しい。そういう良いクラブだと思う。アルテタも来たことだし、どうか明るくやっていてほしい。

 

 

 

チェルシー 驚異の復元力

平均順位:2000-2009 3.2位 vs 2010-2019 3.5位

平均勝ち点:2000-2009 77.3 vs 2010-2019 75.0

獲得タイトル:リーグ×3, FAカップ×3, リーグカップ×1, CL×1

 

実はシティに次いでタイトルを取っている。CLも一回獲ったし。

その10年、チェルシーはとにかく失敗が多かった。失敗というのが言い過ぎなら、とかくチェルシーの立てた計画は計画通りに進まなかった。その証拠が他クラブに比べて明らかに大きい特別損失で、これは定義上「臨時的・偶発的な理由で発生した損失」なのだが、チェルシーはびっくりするくらい毎年これを払っている。内訳は主に、監督解任の違約金や、選手の減損だ。(あと、女医に賠償金を払っているという噂もあった。)チェルシーくらい日常的に監督解任時の違約金を支払っていると、もはや特別損失じゃなくて営業外費用かなにかで処理したほうがいいんじゃないかという気がしてくる。

https://media.gettyimages.com/photos/chelsea-manager-jose-mourinho-looks-on-as-team-doctor-eva-carneiro-picture-id495221010?s=2048x2048

 

そしてもっと重要なことに、チェルシーは何回失敗してもすぐ立ち直る。この10年間を見ても、モウリーニョ第1世代組(テリー、ランパードドログバ等)が衰えてくる、モウリーニョ後の監督選びが落ち着かない、第二次モウリーニョ政権が優勝後1年保たずに賞味期限が切れる、コンテ政権も優勝後1年保たずに賞味期限が切れる、ローン規制が既定路線になる、とそれなりの危機に直面しているのだが、その都度1,2年で成績を回復している。アーセナルマンチェスター・ユナイテッドと比べると段違いの復元力である。この見切りと復元の速さはチェルシーの強みと言えよう。

https://media.gettyimages.com/photos/mason-mount-and-tammy-abraham-of-chelsea-celebrates-after-scoring-picture-id1169912010?s=2048x2048

 

 

 

 

 

リヴァプール 見事なターンアラウンド

平均順位:2000-2009 3.5位 vs 2010-2019 5.4位

平均勝ち点:2000-2009 71.0 vs 2010-2019 68.8

獲得タイトル:リーグカップ×1, CL×1

順位も勝点も、そしてトッテナム除けばタイトル数もトップ6中一番少ない上、実は10年単位で比べると数字上は悪化しているのだが、CL優勝+リーグ独走でついにプレミア優勝ほぼ確定、と2010年代を最高な形で締めくくることができたので、印象はとてもポジティブ。何より、10年前のリヴァプールはほとんど破綻寸前まで行っていたわけで、そこから再生したのは見事であった。

https://media.gettyimages.com/photos/jordan-henderson-of-liverpool-lifts-the-champions-league-trophy-after-picture-id1153211833?s=2048x2048

 

なぜそれができたのかについて色々説明はあるだろうが、まず新しいオーナー、ジョン・W・ヘンリーにはちゃんと金があった。Forbesが主張するように、前のオーナーは言ったことを実行に移すだけの金がなく、リヴァプールはほぼ債務超過で、選手を売る以外にほとんど何もできない状態だった。その後、うまく行ったり行かなかったりした戦略・施策は色々あるが、このおっさんの会社が約450億円ぶち込み、債務を肩代わりしてバランスシートをきれいにしたことの功績は大きい。

www.forbes.com

 

また、軌道修正も早かった。WSJこの記事に詳しいが、一般的に評価される指標と、勝利に繋がりやすい指標の差をアービトラージするマネーボールがプレミアでは効かないとわかると、すぐに「大量に、しかし賢く金を使う」という方針に切り替えた。ちゃんと金を出してサラーたち3トップや、ファン・ダイクやアリソンを調達できていなかったら、CLタイトルや現在の好調は難しかっただろう。 

www.wsj.com

www.sportskeeda.com

 

 

ちなみに、リヴァプールとシティを比較するのは色々と面白い。リヴァプールのオーナーであるフェンウェイ・スポーツ・グループ(FSG)は異なるスポーツのクラブ(例えばレッドソックス)を保有するが、シティの親会社であるCFGはサッカーに絞ったポートフォリオを組んでいる。前者は「異なるスポーツの知見を適用することでより価値が生まれる」と言うだろうし、後者は「特化によってより深い知見を得ることができる」と言うだろう。どっちも一般的なビジネスではよく見るアプローチではあるが、スポーツクラブでやるとどうなるのかは気になるところだ。(アーセナルのスタン・クロエンキーも同じことができるはずだが・・・)

https://media.gettyimages.com/photos/liverpools-new-signings-milan-jovanovic-danny-wilson-and-joe-cole-picture-id103113922?s=2048x2048

 

(追記)10年前のリヴァプール「サッカーファンなら誰でも知ってる、アジアにもアフリカにもファンが多い名門クラブが、借金漬けで株主価値が下がりきっている*1」という、投資家的にはめちゃめちゃ美味しい状態にあった。

が、「めちゃめちゃ美味しそう」と「実際に手を出す」ことの間には大きな隔たりがある。私がコーポレートファイナンスを習った教授は、「君がもし、世界中が白と言うものを『黒だ』と信じられるならば、君は投資家に向いている」と言っていた。その意味で、ヘンリーとFSGには手腕と資金だけでなく、なにより見る目と勇気があったのである。

 

 

 

マンチェスター・ユナイテッド 完璧な仕上がり

平均順位:2000-2009 1.7位 vs 2010-2019 3.6位

平均勝ち点:2000-2009 83.2 vs 2010-2019 75.9

獲得タイトル:リーグ×2, FAカップ×1, リーグカップ×1

 

平均順位は意外と高いが、これは10年代の最初の3年に1位、2位、1位で来ただけで、残りはかなりひどい。マンチェスター・ユナイテッド基準で言えばだが。

https://media.gettyimages.com/photos/manchester-uniteds-french-midfielder-paul-pogba-reacts-after-missing-picture-id1171054395?s=2048x2048

 

しかし投資対象として捉えると、この10年でまんゆは実によく仕上がった。

前提として、グレイザー一家はまんゆをレバレッジドバイアウト(LBO)で買っている。これはサラリーマンが不動産投資をするのに近くて、物件を買うときに、自分で入れる手金はそこそこで、大半は投資対象の資産(この場合はマンチェスター・ユナイテッド)が生み出すキャッシュフローを裏付けとした借金によって補うというスキームだ。負債を返し終わると、投資対象資産がまるごと自分のものになっている。つまり最初に自分が入れた手金の価値が数倍になっているので、そこで売却すれば多額のリターンが得られる。よって重要なのは、まんゆが毎年着実にキャッシュを生み出すかどうかになる。www.investopedia.com

 

 

そう考えると、今のまんゆは仕上がりバキバキである。まずピッチ上の成績は悪化しているのに、キャッシュフローはしっかり増えている。この5年間で2回しかCLに出場できていない(しかもすぐ敗退した)のに、EBITDAは安定して対売上高30%前後を維持している。むしろ本業が悪くてもキャッシュが安定して生み出せているのであるから、投資対象としては理想的だ。*2

全部こういう基準で動いているので、エド・ウッドワードは彼らにとって最高の経営者で、プレミア1の高給をもらうのも当然である。だからフットボールディレクターが決まらないのも、議決権のないファンが抗議活動をするのも、キャッシュフローには直接的な関係がないので、対応すべき事柄としての優先順位は高くない、つまりかなりどうでもいいのだと思われる。

https://media.gettyimages.com/photos/man-utd-chief-executive-ed-woodward-looks-on-during-the-fa-wsl-tyres-picture-id1023168880?s=2048x2048

 

しかもこの10年で一定の元本返済が進んだので、このあと中東の大富豪にでも売れればリターンは大きい。その準備はできている。結局グレイザー一家にとって、まんゆは本当にただのキャッシュマシーンなのだと考えた方が良いと思う。もちろん彼らにはそうする権利がある・・・スポーツクラブでそれをやるべきなのかは定かではないが。

たまに雑誌等でまんゆのことは「ビジネスはうまくいっているが」と表現する人がいるが、それは「このクラブの本業はサッカーではない」と言っているに等しい。あれはビジネスじゃなくて、法人営業がうまく行っているだけだ。この先、アトレティコにおけるシメオネのような、カリスマ的監督が来てピッチ内を立て直すこともあるかも知れないが、長続きはしないだろう。チェルシーマンチェスター・シティリヴァプールと比べて、今のまんゆはそもそも組織の目的も構造も違うのだから。

 

まあサウジの殺人皇太子がオーナーになれば、チェルシーやシティのごとく、利益や配当の心配なく“純粋に”サッカーに集中できるようになるかもしれない。あるいはスーパーリーグ構想が実現すれば、まんゆが除外される可能性はまずないだろうから、構造的に守られたぬるま湯の中で、ファンの愛を金に変え続けられるところにたどり着けるかもしれない。今首脳陣が狙っているのはそれかもね。

https://media.gettyimages.com/photos/saudi-crown-prince-mohammed-bin-salman-attends-the-future-investment-picture-id1052815842?s=2048x2048

 

 

 

マンチェスター・シティ 報われたギャンブル

平均順位:2000-2009 14.2位 vs 2010-2019 2.3位

平均勝ち点:2000-2009 46.0 vs 2010-2019 81.2

獲得タイトル:リーグ×4, FAカップ×2, リーグカップ×4

 

10年前の怪しい集団から、サッカー界のスーパーパワーの1つになった。合計勝ち点、順位、タイトル数、全て2010年代の1位だ。さらに、PEファンドのシルバーレイクがシティフットボールグループの株主価値を48億ドルと評価したことで、歴史上最も高く評価されたスポーツクラブになった(株式の一部が売りに出たからというだけで、他のクラブ、あるいは他のスポーツチーム、例えばペイトリオッツとかはもっと高値がつくだろうが)。

www.ft.com

強くなった背景には、もちろん資金力があるのは言うまでもない。シティの強みは、低コストで大量の資金を、相当に自由なタイミングでオーナーから調達できることにある。つまり、金銭的なリターンを求められることなく、割と好きなタイミングで金の算段ができるのだ(もちろんFFPがあるから、好きなようには使えないが)。まんゆが毎年グレイザー一家に2,000万ポンド以上の配当を支払っているように、株式はふつう負債よりも調達コストが高いものだが、シティの場合はオーナーに配当を出さないのでそれもない。一事が万事、スポーツで強くなるためにデザインされた状態にある。その理想的な環境が、人権問題を指摘されている国からの国策投資で成立している状況は皮肉だし、かなりグロテスクでもある。ましてや、金が入るまでは弱かったわけだし。

https://media.gettyimages.com/photos/manchester-city-post-season-tour-day-two-abu-dhabi-manchester-citys-picture-id907044446?s=2048x2048

ともかく、まんゆのようにオーナーと経営陣が既存のブランドを搾取しようとするクラブと、シティのように(資金源に問題はあるが)ブランドを強くしようとするクラブ。2010年代に結果が分かれたのは必然であった。

 

2020年代にこの状態が変わるのか。まず調達コストという点でいえば、2015年の中国の投資ファンドに続き、昨年は米系PEファンドが株主に参加した。PEファンドと言えば概ね5年で額面3倍程度のリターンを求めるものだが、多分配当というよりは数年後に売却する方を想定していると思うので、費用(例えば選手獲得)を抑えろ等のプレッシャーはそんなにかからないのではないかと予想する。

2点目として、2年前くらいから、「シティの資金力でまともに頭使ってやられると、差が付きすぎてコンペティションとして成り立たない」という批判もある。ただし、今シーズンみたいに調子が悪いとそういう声もすぐ消えるので、この件が真面目に捉えられるまでにはもっと時間がかかるだろう。それよりは、欧州スーパーリーグという欧州のビッグクラブがほとんど皆乗り気になっている、(そして最低の)提案をちゃんと潰した方が世の中のためになると思われる。

https://media.gettyimages.com/photos/union-of-european-football-associations-president-aleksander-ceferin-picture-id1063648424?s=2048x2048

最後に、オーナーであるアブダビ・ユナイテッド・グループ、ひいてはアブダビという国の目的に照らせば、横浜やNY、メルボルンといった姉妹クラブでもどこかのタイミングでアブダビを絡ませていく必要がある。すでにNYシティとメルボルン・シティの胸スポンサーはエティハド航空になっているが、そういうふうに、なるべくきれいなイメージでアブダビ関連企業を売り込んでいく、死の商人みたいな人間の仕事が増えてくることだろう。

 

 

 

 

トッテナム・ホットスパー バスに間に合う

平均順位:2000-2009 9.3位 vs 2010-2019 4.1位

平均勝ち点:2000-2009 52.1 vs 2010-2019 71.0

獲得タイトル:なし

 

https://media.gettyimages.com/photos/tottenham-hotspur-chairman-daniel-levy-looks-on-prior-to-the-barclays-picture-id490091144?s=2048x2048

  • ダニエル・レヴィーは本当に偉い
  • 一番近いリヴァプールと比べても売上2/3しかない上に、オーナーも普通の富豪でしかないトッテナムが、2010年代に優勝争いとCL準優勝に絡んだのは本当に偉業
  • 同じように、寡占化の「バスに乗り遅れない」可能性があったのはアストン・ヴィラニューカッスルだったと思うが、この2つがクソオーナーとクソ経営陣を抱えて沈んでいったのと比べると、いくら世界的な知名度があっても、所詮サッカークラブは売上数百億・従業員数数百人サイズ、属人性が大きい事業なのだということを思い知らされる
  • レヴィーのすごいところは色々あるが、とくに「給料を抑えながら良い選手を雇う」技術は近代サッカー史に残るレベルだ
  • トッテナムは偶発債務(現実にはまだ発生していないが、将来一定の条件が成立した場合に発生する債務)が売上規模に対して大きいので、多分契約におけるボーナス条件が大きいのだと思われる
  • なので、CL決勝で破れたときも、レヴィーは「それはそれで全然OK」だと思ったかも知れない
  • 多分、まだ早すぎた、と思っていると思う。勝負はスタジアム拡張の効果が出始めてからだ
  • まあ、スタジアム建設費の膨らみ具合もサッカー史に残るレベルだったが・・

    www.theguardian.com

  • 箇条書きなのは疲れたからです

 

 

 

 

 

 

*1:FSGは4.4億ドル出して3.9億ドルの借金を帳消しにしているので、株主価値はわずか5,500万ドルだったことになる。今なら10倍はつくだろう

*2:まんゆの10-K(年次報告書)を見ても、「リスクファクター」のところに「欧州のコンペティションは収入源としては当てになりません」とはっきり書いてある。