2016/17 マンチェスター・シティの振り返り, part1: 総評編
プレミアリーグの笑えるところは、上位6クラブのファンの大半が、自分が好きなクラブは選手層が薄く、今まさに改革の途上にあるか、今後大きな強化が必要であり、よって優勝の最有力候補ではないと思っていることだ。傷つきたくない私たちの、鉄壁の守り。セリエAよりよっぽどカテナチオである。それでも、ペップ・グアルディオラを呼んでおいてCL出場圏内が目標だったという話が通じるほど世間は甘くない。もう10月になってしまったが、2016/17シーズンのマンチェスター・シティ、とくにピッチ内について、何が悪かったのかを考えてみたい。
グアルディオラが率いるマンチェスター・シティの1年目は、多少は印象的ではあったが、別に革命的ではなく、とくに強くもなかった。リーグ戦は3位で、優勝したチェルシーからは勝ち点で15も離されていた。CLはベスト16、FAカップは準決勝、リーグカップは2回戦かそこらで敗退したので、もちろんタイトルもゼロだった。ときどき、笑える負け方もした。
さらば、優しいペレおじさん
良い点は確実にあった。一言で言って、ロジカルになった。そして、インテンシブなチームになった。まあ「キビキビした」くらいの意味だが。
ロジカルになったというのは、相手によって試合ごとに狙いを変更し、またその狙いを実現するためのメカニズムを変えていたこと、そしてその狙いを試合において実現できていた、ということだ。例えば、Hエヴァートン戦やHサウサンプトン戦など(特に前半)は、シティが過去15年一度も見せたことがないレベルで相手を圧倒していた。
キビキビしたというのは、速いネガティブトランジションと、高い位置からのプレッシングで相手の攻撃を阻害し、カウンターにつなげるという狙いがシーズンを通して徹底されていたことだ。マンチーニやペレグリーニも緻密な戦術を立てて試合に臨んではいたんだろうが、とくに後者は選手がその狙いを全うするための強度に無頓着なところがあり、有り体にいって「こいつらはいつ本気になるんだ?」という試合ばかりであった。それがある種のカタルシスになっていたところは否定しないが、苛立ちを感じることが多かったのも事実である。
一方で、大きく分けて3つの問題を最後まで解決できなかった。
その1、決定力がなかった。シュート成功率は上位6クラブで最低で、チャンスコンバージョンレートもチェルシー、アーセナル、トッテナムに劣っていた*1。Guardianのジェイミー・ジャクソンは、モナコ戦の敗因を決定力不足に求めたグアルディオラを「頑迷」と評したが、それは違うだろうジェイミー。そりゃまあ、守備も問題だけど。ボールは持てる。2列目に良いポジションでボールは渡せる。しかし決まらない。ニアを開ける術がない。1トップを大きく動かし、CMFをゴール前に突入させるという形が多かっただけに、点が取れないシルバとデ・ブライネがCMFから動かせないというのは解決が難しい問題であった。
その2、カウンターを阻止する鍵となるSBとアンカーに戦術的、肉体的な強度を欠いたために、カウンターに弱かった。またそのために、前線を柔軟に動かせなかった。サニャ、サバレタ、コラロフ、クリシはコラロフを除いていずれもTeam of the year受賞経験がある名SBだが、複雑なタスクをこなし続けるには年を取りすぎていた。一方で、1v1に弱いストーンズやショットストップが壊滅的だったブラボを抱えて、普通の4-1-4-1や4-2-3-1を用いてトップレベルで戦える陣員かといえば、それも難しかった。ハートを残していたら?まあそりゃあブラボよりは良かっただろうけど、SB陣も含めて、出来るだろうと見込んでシーズン臨んだわけだからそれを言っても仕方なかろう。その見立てが甘かったとは言えるだろうが。
その3、組み立ての精度が安定しなかった。プロの言を借りる。
シティの不安定さの原因は、ボールポゼッションの精度が安定しないことにある。大敗したエバートン戦(4-0 / 1月15日)の失点場面を思い出すと、グアルディオラの絶望がひしひしと伝わってくる。(中略)ポゼッションが安定しなければ、想定外の場所でボールを奪われる。奪われた時の守備の準備ができていないから、相手のカウンターにさらされる状況になり、GKブラボが失点を重ねてしまう。そんな場面は今季に何度も見られてきた。
(出所:月刊フットボリスタ 2017年3月号 らいかーると氏の文章より)
失点後のマンチェスター・シティは、サニャのアラバロールをするようになる。フェルナンジーニョがボールを受けられたように、サニャもフリーでボールを受けることができていた。マンチェスター・シティの問題は、モナコの1.2列目のライン間を使うことができていたけれど、そのエリアから先にボールが届かなかったことにあった。サニャ、フェルナンジーニョが前線のシルバ、デ・ブライネ、スターリング、サネ、アグエロにボールを供給できなかったことで、バックパスを繰り返すことになる。ストーンズたちからすれば、1.2列目のライン間にボールを届けて仕事は終了なのだが、バックパスがすぐに戻ってくるので、なかなか大変な状況となった
【カウンターの再現性】モナコ対マンチェスター・シティ【重要なことは、誰が時間と空間を得るか】 - サッカーの面白い戦術分析を心がけます
シティのホラーストーリー: 聖なる三位一体の崩壊
とまあ色々言ったが、この辺りは全部、多分解決可能な問題なのだ。「10年に1度のバブル」「過去最高にバブル」「破裂寸前」と言われながら、AmazonやFacebookのようなテック系企業も放映権料獲得の姿勢を示したり、TVと比べてコストが低いネット配信が普及したりとサッカー放映市場の拡大はまだ続くことが予想される。
オーナーのおかげもあって、財務面の安全性も保たれている。良い選手をきっちり買えれば何とかなる問題だろう。もっと問題なのは、グアルディオラ自体が競争力を失うことだ。
今のシティは、サッカー部門のスタッフがほぼグアルディオラ仕様で固められている。どこでもいっしょにやっているトレント(助監督)、プランチャール(アナリスト)、ブエナベントゥーラ(フィットネスコーチ)辺りは別としても、ドクターも元バルサと元エスパニョールのコンビだし、移籍の決定権はすでにグアルディオラにあるという噂もある(無理もない)。シティのオーナーが他の大富豪オーナーと違って成功できた要因の1つが、チキとソリアーノというトップレベルで成功していたプロの登用だが、この二人からしてバルセロナ時代のグアルディオラの同僚なのだ。グアルディオラが失敗に終わった場合、この聖なる三位一体の残り2人まで一緒にシティを去ってしまうのではあるまいか。サッカー部門とCEOを丸ごと総入れ替えするというのは極めて難しく、時間がかかる。
確固たる根拠があるわけではないが、不安要素はある。サイモン・クーパーは実証的な文章を書く人間ではないが、革新的な監督のピークは40歳前後で、その後は”どこにでもいる監督のひとりになり、選手の調子がよければ勝ち、悪ければ負けるようになる”というのは、よくできたホラーストーリーだ。
年をとっても、グアルディオラは(少なくとも素人目には)斬新なプレーを開発するだろう。それが、本人にとっては温故知新であるかどうかにかかわらず。ただし、今のようにタイトルを獲り続けられるかはわからない。ビエルサやゼーマンのように、世界中にフォロワーはいるが、トップレベルではほとんど何も勝ち取らない、おもしろ戦術おじさんになる可能性もある。
根拠は無いと言ったが、萌芽はある。モナコ戦ではグアルディオラの扇形のカウンター防御に対して、インナーラップとドリブラー起用で崩す、というある程度模倣が可能な対応策を、実用的な水準で仕上げてきていた。言葉にすると複雑だが、絵にすると意外と単純。
モナコのカウンターの特徴は、2トップがひらく。マンチェスター・シティは3バックで相手のカウンターを迎え撃つパターンが多いので、両脇のセンターバックをピン留めする。そして、アンカーのいる選手(フェルナンジーニョやアラバロールのサニャ)にドリブルでつっかける。そして、突破するか、2トップにボールを預ける。2トップの選手がサイドに流れた場合は、後方の選手のインナーラップ。サイドに流れなかった場合は、図のようにオーバーラップする。
カウンター状態は、守備が整理されていない状況といえる。マンチェスター・シティは、正しい位置(例えば、サニャがサイドバックの位置)に戻るのに時間がかかる。可変システムの罠。また、前線に攻め上がった味方(特にウイング)が戻ってくるのに時間がかかる。よって、モナコの狙いは相手を正しい位置に戻りくいポジショニングや攻撃方法と相手が下ってこないことを考慮したカウンターを設計していた。また、それらの流れをすっ飛ばして、ムバッペがストーンズにただただ仕掛ける形も何度か見られた。
【カウンターの再現性】モナコ対マンチェスター・シティ【重要なことは、誰が時間と空間を得るか】 - サッカーの面白い戦術分析を心がけます
モナコのやり方見てるとグアルディオラのマンC攻略法が随分確立したのかという感があるものの最近の試合見てないから文脈掴みづらくはある ただ、レーンを変えて攻撃するグアルディオラのやり方自体に潜んでいるリスクを、モナコが意図的に使っている気味が強し
— 五百蔵 容 (@500zoo) 2017年2月23日
レーン変更アタックの仕組み自体を使われているので、ようするにグアルディオラのポジショナルプレーの骨格を叩かれている。前プレ受けた時ビルドアップ時のスムーズさが欠けるのもそうだが、SBとアンカーにもうひとこえ良い人材を得ないと戦術的な手当て自体が難しいかもしれない。
— 五百蔵 容 (@500zoo) 2017年2月23日
その状態でインナーラップに対応すると、レーン間で形成するディフェンシブなトライアングルのバランスが崩れ(金床役の選手が前に出てもボールの出所を潰せないか突破されるため)、カバーリングを失う状態で危険な突破を許す。SBポジション移動のピン止めと合わせ技でグアルディオラ殺しに近づく
— 五百蔵 容 (@500zoo) 2017年2月23日
アラバロール用いたグアルディオラの攻防一体だったシステム(過去形なりかけ)。CBSBアンカーがピッチ中央〜ハーフスペースに配されているので、ポジション優位により攻撃時に相手の急所を突けるだけでなく、ボールを奪われた際に“自陣の急所を効率よく防護する事ができる”画期的なものだった pic.twitter.com/CGnjPbzVj3
— 羊 (@GP_02A) 2017年2月23日
別にグアルディオラの戦術完全攻略!とか、そういう話ではない。接触のあるスポーツなので、選手の入れ替えで補填できる部分もある(例えば今シーズンは、ウォーカー、メンディ、デルフといったSB陣のスピードとパワーでボールを奪えるシーンが増えている。例えば、ワトフォード戦の3点目、ジェズスの得点シーン)。そういう白か黒か、「完全崩壊wwwww」みたいなまとめサイト的な過剰な形容詞の世界ではない。原理的に対応が難しい対策は常に編み出されるもので、グアルディオラがさらにそれに対応し続けられるかはわからないということだ。そして、そうなってしまうと中々苦しいのが今のシティである。
アブダビ買収後の第一歩は、まずピッチ内での競争力向上であった。スポーツクラブだから。その後、人材と組織の強化、収支の黒字化、海外の兄弟クラブ展開、クラブブランドの刷新と進んできたが、一周回って、ピッチ内の成績をもう一つ上の水準に高めることが必要だろう。マーケティングの模範として取り上げられるドルトムントでも、90年代にCLを制した名門という実績があった。シティにはない(あるけど古すぎて、マーケティングとしては無いに等しい)。果たしておもしろ戦術おじさんがそのミッションを果たせるのか。ファルソ・ヌエベ、ファルソ・ラテラルに続く秘策はあるのか。次回、全てが嘘になる。乞うご期待。
*1:Squawka.comより