国際政治に影響されるサッカー界

※「タイトル、地政学じゃなくて国際関係じゃね」ってコメントがついていて、確かにと思いました。タイトルおかしいね。私、Political ScienceのBAのはずなのに・・・→情けなかったのでタイトル変えました。

 

サウジ、孫正義、クラブW杯、マンチェスター・ユナイテッド

マンチェスター・ユナイテッドに40億£もの買収案を持ちかけていると噂されるのは、誰あろうムハンマド・ビン・サルマーン、自国のジャーナリスト、ジャマル・カショギをイスタンブルの領事館で生きながらにして惨殺させたとの噂喧しき男である。

  

ムハンマド皇子の関心はどうやら本当らしい。

www.independent.co.uk

 

Saudi Telecom are already United’s longest-standing commercial partner, while last year they agreed a separate “strategic partnership” with the General Sports Authority of Saudi Arabia. Different names, same pot of money.

サウジ・テレコムはまんゆの長期的なスポンサーで、更に昨年、サウジの総合スポーツ局と”戦略的パートナーシップ”を結んでいる。カネの出所は同じだ。

 

All of these deals – as well as the proposed $25bn deal with Fifa for the Club World Cup and potential new Nations League – are part of the regime’s somewhat belated attempts to diversify into sport investments and away from oil, while accruing the soft power benefits of such purchases, following the lead of Qatar, most notably with Paris Saint-Germain, and allies UAE with Manchester City.

FIFAクラブワールドカップと新たなネーションズリーグへの25億ドルのスポンサー提案も含めて、これらは全て、石油依存からのシフトとソフトパワーの拡大戦略の一部とされる。カタールパリSGに、UAEマンチェスター・シティに投資しているが、サウジがそれを追撃しようというのだ。

 

グレイザー一家の意向は定かではない。カショギ事件のあととなっては尚更だ。IndependentのMiguel Delaneyは、「まんゆの株式の過半数は、公式には売りに出されていない、ということは強調されるべきだ」という。前にも触れたが、グレイザー一家にとってまんゆは非常に良い商売だからだ。

 Why would they be when they continue to be such a highly rewarding investment for the Glazers? The latest reports showed a record income of £590m from selling sponsorships. The six Glazer siblings and their investors have meanwhile been paid around £65m in dividends over the last three years.

一方、グレイザー一家は一定のExitを見据えているという説もある。40億£は(いかにまんゆがサッカークラブとしては巨大でも)覚悟を揺るがすには十分な額である一方で、サウジにとっては十分払える額でもあるからだ。

 

サウジの資金力をもっと明確に当てにしている人物がいる。孫正義だ。

business.nikkeibp.co.jp

孫会長はムハンマド皇太子を口説き、17年にサウジの資金力を基盤とした10兆円規模のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)を立ち上げた。1号ファンドはサウジ系の公共投資ファンド(PIF)から450億ドル(約5兆円)の出資を受け、破竹の勢いで米ウーバーテクノロジーズや米ウィーワークなどに巨額投資をしている。

 

 孫会長はムハンマド皇太子と「運命共同体」と呼べるほど密接な関係を築いている。孫会長は諮問委員会の委員を務めるなどFIIについては主催者に近い。ムハンマド皇太子に近いPIF取締役のヤシル・アルルマヤン氏はソフトバンクグループの取締役を務めるなど深い関係を築いており、孫会長は難しい判断を迫られている。

 

ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が、10月23日からサウジアラビアの首都リヤドで開催される未来投資イニシアチブ(FII)に出席するか否かに関心が集まっている。FIIはサウジで強大な権力を持つムハンマド・ビン・サルマン皇太子が世界の投資家などに呼びかける会議で、今回で2回目となる。

 

今回は世界屈指のリスクテーカーである孫会長の腕の見せ所との分析もある。ある金融関係者は「欧米のビジネス界の腰が引けている時にFIIに出席し、しっかりとサウジに関与できれば、ムハンマド皇太子の信頼は絶大なものとなる。世間の声は移ろいやすい」と指摘する。カショギ氏の殺害については、サウジの権力闘争の一環との見方もある。

 

直近のトヨタとの戦略的提携でも明らかなように、ソフトバンクはキャリアから投資ファンドに変わろうとしている。

https://www.softbank.jp/corp/group/sbm/news/press/2018/20181004_01/ 

 

kabumatome.doorblog.jp

サウジの幕引きシナリオに対しては、選挙対策からトランプ大統領が支持を示しそうだったが、ちょうど今日、風向きが変わりそうなニュースが出てきた。(で、結局出席はしないらしい)

www.nikkei.com

 

 

 

 

話はもう一度サッカーに戻ってくる。サウジ、ソフトバンク、そしてソフトバンクが3割弱のシェアを持つAlibabaは、世界で最もクラブワールドカップへの投資に前向きな団体の1つだ。当然、UEFAは面白くない。チャンピオンズリーグの地位が脅かされることになるからだ。

www.soccerex.com

 

日本も無関係ではない。ソフトバンク、というか孫正義を後押しする要因の一つが、現政権とサウジの強い関係だ。成長戦略を探し求めて20年の日本と、石油依存からの脱却を目指すサウジの利害の一致は、「日・サウジ・ビジョン2030」という形で結実した。

「日・サウジ・ビジョン2030」を策定しました(METI/経済産業省)

 

という話を、Simon Chadwick教授がまとめたのがこれ。

 

 

 

 スーパーパワーと無関係ではいられなくなったサッカー界

それで?世界のサッカーはますます、地政学に影響されるようになってきているということだ。アブダビの人権問題の前には、カタルーニャ独立の最も著名な応援者の1人、グアルディオラも口をつぐむ。

www.independent.co.uk

It was quite a notable shift, and maybe in more ways than one. After sounding so impressively impassioned as he discussed Catalonia’s jailed politicians, Pep Guardiola was suddenly much less sure of himself when asked how he could reconcile these universalist “human” principles with Manchester City’s Abu Dhabi owners and the abuses of human rights in the United Arab Emirates.

 

“Every country decides the way they want to live for themselves,” Guardiola began. “If he decides to live in that [country], it is what it is. I am in a country with democracy installed since years ago, and try to protect that situation.”

  

今や北朝鮮を除き、サッカー界の頂点に対して直接的な関係を持っていない重要国家はない。直接のクラブ保有やスポンサーシップを含めて、そうした権力と関係を持たないメジャークラブを見つけるのも難しい。プレミアリーグに群生するアメリカのオーナーたち、チェルシーアブラモヴィッチ(ロシア)、パリSGとシティ(中東と中国)、ACミラン

 

まんゆのカンファレンスコールでは、クラブがドナルド・トランプの税制改革を「長期的にはクラブにとって有益と想定される」と発表した。始まったぞ~。

 

こうした動きは、(これもMiguel Delaneyによれば)一時的なものではない。サポーターが所有するクラブも、売上拡大のためにスポンサー獲得を急いでいる。レアル・マドリーバルセロナはどちらも湾岸諸国からの投資受け入れに積極的だし、バイエルン・ミュンヘンはドーハのハマド国際空港を「プラチナパートナー」と考えている。

 

リヴァプールのことを考えてみよう。リヴァプールの胸スポンサー、スタンダード・チャータードがイランとのマネーロンダリング取引に関する内部統制不備のために3億ドルを支払う羽目になってから3年が過ぎた。NY州金融サービス局のBenjamin Lawskyによれば、スタンダード・チャータードは「アメリカの金融システムもテロリストや、武器商人、麻薬王や腐敗政権に対して危機に晒した」という。

In terms of the kind of questions that come up here, consider Liverpool’s main sponsors. It is just over three years since Standard Chartered had to pay $300m for lapses in its anti-money laundering procedures. Benjamin Lawsky, superintendent of the New York State Department of Financial Services, accused a unit of the bank of leaving “the US financial system vulnerable to terrorists, weapons dealers, drug kingpins and corrupt regimes”.

 

 

サッカーはどこまでクリーンなのか?どこで一線を引くべきなのか?

事実として、サッカーはますます政治の影響を受けるようになっている。シルヴィオ・ベルルスコーニが持ち込んだ放映権モデルはサッカー業界のビジネスを変えた。業界が成長し、投資家がようやく利益を得られるようになってきて(サッカー、というかスポーツは確かに儲からない領域だが、グレイザー一家の意見は違うだろう)、ロマン・アブラモヴィッチチェルシー買収で、政治とサッカーの関わりは更に洗練されたものになってきた。豊かな政権やキャッシュリッチの個人が自らの汚れたイメージを和らげるためにスポーツを利用する。アムネスティ・インターナショナルが「スポーツ洗浄」と呼ぶそれだ。サッカーは長期投資のヴィークルであると同時に、オーナーたちが自らのメッセージを世界中に届けるためのプラットフォームにもなった。

What is still different is how the game is used and followed; how it is thereby susceptible to what Amnesty International UK’s director Kate Allen calls ‘sports-washing’ – how “wealthy regimes and cash-rich individuals often see sport as a means to polish up their own tarnished images”.

 

“These are great vehicles for long-term financial investment but what they also do alongside that is provide access to huge international audiences to get your message across.”

 

This is something that human rights researcher Nick McGeehan has written about extensively in regards to Qatar’s ownership of Paris Saint-Germain and Abu Dhabi with Manchester City.

 

 

なぜそうまでしてイメージ改善とブランド確立に躍起になるのだろうか。ダラム大学のChristopher Davidsonによれば、彼らの最悪のシナリオは、国際的な連携を築けなかった結果、1990年の湾岸危機で一時イラクに占領されたクウェートだと言う。(Wikipediaを引くのも少々恥ずかしいが、「クウェートに対するイラクの主権を認めさせようする流れが常にあった」ということだ)。主たる目的は利益ではなく、善意と同情なのだ。

 

例えば、エミレーツ航空は今や、レアル・マドリーアーセナル、ハンブルガー、ACミランオリンピアコスベンフィカパリSGと契約を結び、彼らの本拠地である主要都市とのルートを開いた。これらは全てドバイの投資会社を通してドバイ政府から出た金だということを考えれば、ソフトパワーの好例だ。

 

 

 

どこで一線を引くべきなのかという疑問に戻る。Miguel Delaneyは、ここまでサッカー市場が拡大すれば、ファンや選手、監督が国際政治との関わりを断ち切ることは難しい、という。グレイザー一家がトランプに寄付しているからといって、モウリーニョはまんゆを離れるべきなのだろうか?ただし、ヒューマン・ライツ・ウォッチのニック・マギーハンは、グアルディオラパリSGのことは更に別の水準にあると考えている。

“What Pep said is fine in isolation but the context is that he works for the Abu Dhabi government, whose deputy Prime Minister he thanked in the same speech, and was speaking on a platform provided to him by their money. If he'd said people in Abu Dhabi also deserve these rights, that would have really been something to admire, but he pointedly refused to do that. That's obscene hypocrisy. I do have a problem with these people being involved in the game. In terms of the Glazers or Standard Chartered, there are real and serious issues there, but Qatar and especially Abu Dhabi are at the other end of the scale. The Glazers aren’t bombing Yemen. The involvement of dictators takes things to another level.”

 

曰く、グレイザー一家やスタンダード・チャータードは看過できない問題だが、カタールアブダビはレベルが違う。グレイザー一家はイエメンを爆撃したりはしない。グアルディオラカタルーニャの権利を語ったその口で、アブダビのオーナーに感謝することは偽善だと言う。パリSGネイマールを獲得したのは、移籍マーケットをはちゃめちゃにインフレさせるためで、なぜなら究極的にはシティとまんゆしかついてこれないと知っているからだ、それは業界の健全性を失うと。

 

ではこれほど国際政治に影響されるようになったサッカー界を待つものはなにか?Davidson曰く、トランプはサウジとUAEに「カタールには好きなようにしていい」と言っている。カタールが窮地に陥って、「彼らがこれまでしてきたように」カタールパリSGを放り出せば・・・。移籍市場を占うのに、我々はDaily MailやManchester Evening Newsよりも、WSJを読むべきなのかもしれない。

“Saudi Arabia and the UAE were basically given false promises by Trump,” Davidson says. “That they could do whatever they wanted to Qatar, and then he quickly back-tracked when reality set in. So now we’re left with this phoney war, long-running stalemate, harming them all, especially harming Qatar, because the government has had to bail out the national economy, but it will have repercussions for Qatari international investments… If I were involved in PSG, I would be worried about Qatar having to pull the plug on it at some point in the future. They’ve done it with other interests that did not make headlines.”