板倉滉の移籍はシティ的にはどういう扱いなのか
板倉滉、衝撃のマンチェスター・シティ移籍。
と、呼び捨てにしてはみたが、正直に言えば名前すら知らなかった。ただ、この動画を見る限り期待の持てそうな選手ではある。この弾道。パッと見でわかる「この人はプロなんだな」感。サッカーをやっているからには、一度でいいからあんな弾道蹴ってみたいではないか。期待は募るところである。
フロンターレからマンCに完全移籍して話題となっている板倉滉。
— 藤川 誠人/Seito Fujikawa (@toin01311) January 14, 2019
年末年始は私の母校桐蔭学園で自主練。
昨シーズンはCBを担っていたが、止める蹴るは一級品。シュート練習でもスコスコやられてしまいました。(笑)
186cmという身長にこの技術は、バケモンですよ😂 pic.twitter.com/9TYbQbN1Oc
ところで、彼の移籍はマンチェスター・シティ(以下シティ)的にはどういう扱いなのだろうか。シティといえば現プレミアリーグ王者であり、アブダビの豊富な資金力を背景にクラブ運営に関する新基軸をあれこれ打ち出しているクラブでもある。今日はシティの移籍戦略に関する現状を元に、板倉くんがシティ・フットボール・グループ(CFG))内でどういった扱いを受けそうなのかについて、一席ぶってみたい。まあ全部推測なわけだが。
ちなみに、このあとの説明において「本社」とか「支社」とか「幹部候補」とか言った、場合によっては刺激的なワードが登場するが、これはあくまでCFGのフラッグシップたるマンチェスター・シティを中心として見た場合の選手獲得・育成戦略を語るに当たってわかり易かろうという考えから来ているものであって、決して各クラブの、それぞれのファンにとっての重要性を指したものではないということにご留意いただきたい。ジローナにはジローナの、メルボルンにはメルボルンの、横浜には横浜の固有の歴史と重みがあるのだから。
誰がどこで修行しているのか
というディスクレイマーが終わったところで、まずCFGの選手獲得・育成戦略について概要を確認したい。CFGがどういう組織かについては昔書いたので省略するが、若手選手の修行先には幾つかパターンがある。
wegottadigitupsomehow.hatenablog.com
まず①本社=シティのトップチームにそのまま帯同。これはシンプル。
次に、②欧州内のCFGクラブ、スペイン1部のジローナに貸し出すパターン。一定の株式をグアルディオラの兄が持っているジローナは、選手補強戦略にグループ内レンタルが組み込まれているので、毎年一定数の有望な若手がレアルやバルサと戦う機会を求めてレンタルされる。
③CFG外だが、欧州のトップクラスのチーム。端的に言えば、CLに出るようなクラブである。大体出る先は決まっていて、リヨン、セルティック、ガラタサライ、PSVといったところ(ガラタサライは、イギリスから出るものなら何でも買うが)。
④CFG外だが提携関係を結んでいる、欧州トップリーグのクラブ。具体的にはオランダのNACブレダ。ブレダはシティと選手レンタル及びデータベース利用や施設強化に関する提携を結んでおり、毎年何人か選んで借りる事ができる権利をもっている。詳細なスキームはこちらを参照されたい。
⑤CFGでも提携関係でもない、欧州のトップリーグのクラブ。私の恣意的な区分だが、英・西・伊・独・仏・蘭の1部リーグを指してもそう異論はあるまい。多いのはヘーレンフェーン、トゥウェンテ、フローニンヘンといったオランダのクラブだ。
⑥イングランドの下部リーグか、ここまで挙げていない欧州のリーグのクラブ。後者は、ストレムスゴッツェやノアシェランといった北欧のチームが中心である。北欧ルートは基本的に「ガーナのライト・トゥ・ドリームアカデミーから買って、そのまま北欧に突っ込む」パターンがほぼ全てである。実はこのパターン、ルール的にはかなりグレーらしいということを先日Football Leaks(WikiLeaksのサッカー版みたいな暴露サイト)にすっぱ抜かれていたが、その他にすっぱ抜かれたやましい事情がやましすぎて殆ど話題にならなかった。
最後は⑦欧州以外。メルボルンやNYといった、他大陸のCFGクラブが中心である。順番は私の独断だが、凡そ、シティ本社の首脳陣から目が届きやすい順に並べればこうなるのではあるまいか。
次に選手保有状況。一言で言えば、まあめっちゃ多いのだ。ローンに出ている選手は、1stチームが12人、2ndチームが12人の計24人。これに加えて、トップチームに帯同しているアカデミー上がりの選手や、U23の面子(リザーブ)、更にその下の年代の選手もいるから、1stチームでプレーしてもおかしくなさそうな若手が計5,60人いることになる。
こんなもん「1stチームでプレーする選手を育成する」という観点だけで見たら捌き切れるわけなくて、実際全然捌き切れていない。*1 これは要するに「相当程度の転売を見込んで、若手はバルクで買ってローンに出す」という戦略を取っているということだ。河治良幸氏は下記のように言っているが、上記の点ではチェルシーもシティも大差ないと思う。まあ、CFGとして統一した観点を持った複数のクラブという受け皿があること、グループ内の選手供給という側面もあることを考えれば、チェルシーよりも多少は一貫性を持った選手の取扱が期待できるのかも知れないが。
一部誤解があるみたいですがマンチェスター・シティはチェルシーと選手所有の方針が違うので、何十人も保有して外のクラブに貸し出してという政策はとっていない。なので仮に移籍となればそれなりに裏付けがあるはず。もちろんレンタルはありますが、やたらめったらみたいなことはないはずです。
— 河治良幸 (@y_kawaji) January 14, 2019
そして歴史。誇ることではないが、シティで最後にトップチームに定着した「自前のアカデミー上がり」は、2007年前後のマイカ・リチャーズと、マイケル・ジョンソンが最後である。実に10年の不毛。これより長いのはジョン・テリー以降実に20年近く同じ状況を味わっているチェルシーくらいではなかろうか。若手が定着するかどうかって結局「使うかどうか」に依るところが大きいので、資金力があり、かつ毎シーズン優勝を狙っている立場だと難易度は高い。
最後のレギュラー、マイカ・リチャーズ氏
誰がどう獲得されているのか
とまあ、シティにおける選手の修行場と、それを取り巻く環境について説明したが、もう1つ重要なのは、採用時の待遇だ。厳しいプロの世界であるから、誰もが平等に迎えられるわけではない。シティの場合、グループ内外で複数のクラブと関係があり、かつ世界中から選手を獲得しているので、その差も歴然である。
最初のグループは、i) 本社採用・幹部候補生組。最初っから本社のトップチームでレギュラー格として使うことがほぼ前提となっているであろう選手である。このグループの場合、まず契約時にはフットボール・ディレクターのチキ・ベギリスタインが直々に出てくる。場合によってはその時の監督も同席。公式ウェブサイトでも大々的に特集が組まれ、公式Youtubeチャンネルはインタビューを流す。過去5シーズンの23歳以下の獲得選手を見れば、ラヒーム・スターリング、リロイ・ザネー、ジョン・ストーンズ、ベルナルド・シルバ、ガブリエウ・ジェズスといった、CLをすでに経験しているか、強豪国の代表でレギュラークラスを張っていた選手ばかりである。
次のグループは、ii) 内部昇格 / 本社帯同組。U23チームから上がってきたか、獲得後しばらくは本社のトップに帯同させて様子を見るパターン。このグループの場合、概ねチキは会見に来る。公式サイトも記事は出す。
次に、iii) 本社採用・支店配属組がいる。このグループは獲得した主体こそシティだが、記者会見にチキは来ないし、基本的にはシティの公式サイトで発表もしない。少なくともファンに見える限りでは。相手側やレンタル先の発表か、外部メディアの報道で世に知られるようになっており、獲得後も本社に帯同することなく即座にレンタルに出される。オレクサンドル・ジンチェンコ、ダニエル・アルザーニ、エリック・パーマー=ブラウンといった、「西欧以外の地域出身で、神童扱いされている子」みたいな子が多い。板倉もこのグループ。
ここからシティの独自性が増すのだが、iv) 現地採用・栄転組がいる。栄転とか言ってすみませんね。ご容赦下さい。要するに、欧州外のCFGクラブで活躍したので、シティがグループ内で獲得するというパターンだ。メルボルンで活躍していたアーロン・モーイ、NYシティで育ったジャック・ハリソンがこのグループ。ちなみにこの場合もシティは自分では発表しない。CFGの重役が一言二言メディアに喋ったりはするけど*2
そしてv) 現地採用・本社負担組。この人達はそもそも若手ですらないので、ぶっちゃけ今日の本筋に関係ないのだが、ちょっと特殊で面白いので置いてみた。最初からシティ以外のCFGクラブの強化を目的として、本社が買うパターンである。現地支店の採用コストと人件費を本社で持ちましたみたいな感じだ。例えば、2016年にはAリーグのセントラルコースト・マリナーズからアンソニー・カセレスというDFを買って、即刻同じAリーグのメルボルン・シティに貸し出している(Aリーグにしこたま怒られた)。あとはCFG内で持て余した選手を一時的に保有するという機能もあって、2018年にはNYシティで戦力外になったアメリカ代表、ミッケル・ディスケルーをシティが獲得している。ディスケルーは結局そのあと韓国にレンタルされているが、それまでの経歴や状況を見ても、本社で戦力化する目的ではなかったのは明らかであろう。
やり方が阿漕すぎて怒られたカセレス
板倉くんはどこにいる(と思われる)のか
さて、過去約5シーズンの採用ルートと修行先をまとめると、こんな感じになる。赤字は本社トップチームでレギュラー格の選手、太字は本社トップチームで最低1シーズン過ごしたことがある選手だ(軸同士が相互に影響しているのも否めないところはあるが)。
出所) Transfermarkt
まず、本社のトップチームでレギュラーとしてプレーできているのは、最初から幹部候補採用だった選手しかいない。逆に言えば、この扱いの選手はほとんど当てている、というのは、最近のシティの目利きと資金力が優れているという証拠と言えるのでないか。それ以外には色々と問題も多いが。
内部昇格/本社帯同組でこれに一番迫っていたのはフィル・フォーデンとケレチ・イヘアナチョだが、フォーデンの場合「U17W杯のMVP」「自前アカデミー育ち」「シティファン」という黄金の履歴書持ち、イヘアナチョもフォーデンの2代前のU17W杯MVPを引っさげての鳴り物入り入団なので、これは特殊なケースかもしれない。それ以外の選手、例えばパブロ・マフェオ、ジェイソン・デナイエル、ヨン・グイデッティ、ロニー・ロペスといった選手は、欧州のトップリーグでメッシを完封したり、ベストイレブンを受賞したり、20点取ったりと若手としては相当に活躍したのだが、本社のトップチームにはほとんど組み入れられずに放出された。
本社採用・支店配属組になると更に縁遠くなり、本社トップチームに定着したのはジンチェンコしかいない。それ以外の選手、例えばアルザーニ、パーマー=ブラウン、モレーノといった選手はシティ移籍前にフル代表デビューも果たしていた逸材だが、それぞれセルティック、NACブレダ、フラメンゴで中々に苦境を味わっているようだ。
近年のシティでは珍しい存在のジンチェンコ
あと、年齢。板倉の21歳で加入というのは、ii) と iii)のグループの中ではパーマー=ブラウンに並ぶ最年長である。他はアカデミーか、いっても20歳だ。まあ1年の差くらいどうということもないのかも知れないが。
そういうことで、シティのトップチームでプレーする、という目標を掲げた場合、板倉くんが置かれている環境は、これまでの例を元に言えば相当にチャレンジングと言えそうではある。ただし、シティのクレジットを借りて数シーズンはオランダやフランスでプレーできる見込みも高い(例えば、ヨー・イエボアはリールやトゥウェンテでプレーした)ので、ぜひCFGというプラットフォームを活用し、日本を代表するサッカー選手になって頂きたいところである。キレイに締まりましたね。