ヴェンゲル、あるいは移籍の舞台裏

「やあ」

「やあ。君は誰だ?」

「誰でもいいさ。少し話があるんだよ」

「私には無いね。悪戯なら切るぞ」

「今から練習かい?」

「そうだ。もう切るぞ。今日は怪我人が帰ってくるんでね」

「こないよ」

「何だって?」






「あんたの大事なディアビのことを言ってるんなら、彼は来ないよ」

「どういうことだ。もしや彼を―」

「落ちつけよ。ただ彼を昨夜の食事に招いただけさ。彼はそのまま泊ったから、今も向こうの部屋でテレビを見ているよ」

「一体何が言いたいんだ?」

「あんたに一つお願いがあるんだ」

「見ず知らずの男のお願いを聞く筋合いは無いね」

「あるさ。俺がちょっと部屋の向こうに声を掛ければ、ディアビマーマレードの瓶に手を伸ばしてくれるんだぜ」

「待て!そんなことをすれば―」

アキレス腱が音を立てて切れるだろうな」

「何と卑劣な。君には恥というものがないのか」

「おっと、口を慎めよ、ムシュー。彼にチャンネルを変えてほしいのかい?彼の左ひざがリモコンの重さに耐えられるか、見ものだな」





(数十秒の沈黙。やがて重いため息)





「わかった。要求を聞こう」

「物わかりが良いじゃないか。」

「望みはなんだ?」

「簡単なことだよ。マーケットが閉まる前に、キム・シェルストロムを獲得してくれ」

「彼はセントラル・ミッドフィールドの選手だぞ。私が同じ場所に何人の選手を抱えていると思ってるんだ」

「だからこそさ」

「しかも彼はもう31歳なんだぞ」

「だろうね」

「おまけに背中に古傷があると来ている。メディカルチェックで引っ掛かったら良い面の皮だ」

「その通りさ」

「私を笑い物にしたいのか?」

「まあ、モウリーニョはまた一つからかいの種ができたと思うだろうね」

「卑怯なやつめ。仕方が無い。要求を聞こう。イヴァンは私が説得する。それで、ディアビは確かに開放してくれるんだろうね?」

「するとも。今日はベル・レーンの交差点まで送ってやるさ。だがムシュー、忘れるなよ、俺はいつでもディアビや、ロシツキや、アルテータに、物置の電球を替えてきてくれと頼むことができるんだぜ」

Kim Kallstrom of Arsenal with Arsene Wenger the Arsenal Manager during the match between Arsenal and Swansea City in the Barclays Premier League at...

 

 

 

 

(数年前に書いたものを退任記念に再録)