シティの財務状況、あるいはFFPとの再会について

そんなに使って大丈夫か。

 

という指摘が、この夏のマンチェスター・シティに寄せられている主な指摘の一つであるが、それも致し方あるまい。何せひと夏で£200m使ったのは、プレミアリーグ(以下EPL)のクラブでは史上初である。一部で報道された「2009年のレアル・マドリーを更新して史上最高額」というのは実はまだなのだが、この後何とかッペを買ったりしたら、まあ間違いなく更新するわな。

 

 

実際のところ、シティの財務状況はどうなのか。財務というからには、損益計算書(以下P/L)に載っている売上と利益だけでなく、貸借対照表(以下B/S)とキャッシュフロー計算書(以下C/S)にも焦点を当てる必要がある。実際、最近のEPL上位クラブはどこも景気が良すぎて、B/SとC/Fを見ない限り、面白い差異もない。

 

結論としては、数字から見れば、シティは世界でも上位の安定したポジションに(つい最近だが)到達している。石油王には買われてみるものだ。

マンチェスター・シティのP/L推移

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出所)The Swiss Ramble

 

まず事業の規模。1)試合のチケット販売、2)放映権料、3)その他ユニフォームやグッズ等のマーチャンダイズから得る収入を合わせたものが売上高だが、2015/16シーズン終了時点で、シティは世界第5位の€524.9m(£391.8m)。ビッグ4には届かないものの、マンチェスター・ユナイテッドを除くEPLのライバルクラブには、1.2億~5,000万€ほどの差を付けている。

 

2015/16 売上高上位20クラブの売上高(€m)

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出所)Deloitte Football Money League 2017

 

次に成長性。直近5年間の成長率は、欧州トップ10の中で2番目に高い。2008年以前が比較的小さかったという理由はあるにせよ、5年前の11/12シーズン時点ですでにリヴァプールユヴェントス等の名門より売上高は大きかったので、その時点から見ても高い成長率を維持しているのは喜ばしい。

2015/16 売上高上位10クラブの売上高成長率(2011/12を1とした場合)

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出所)Deloitte Football Money League 2017

 

一方で弱点でもあり、今後の拡大余地とも言えるのが、他クラブに比べて極端に小さいマッチデー収入である。“Emptyhad(ガラガラのエティハド)”と呼ばれる割には、少なくとも記録上客は入っているようだが、まずシティはチケットが安い。シーズンチケット価格の上位はアーセナルトッテナムチェルシーリヴァプールと上位クラブが占めているが、シティはプレミア全体でも3番目に安い。逆に言えば、安くないと来てもらえないから仕方なくしているという可能性もある。ここ2年で、シティはシーズンチケットの値上げ、プレミアムシートや会員制サービスの導入を進めて批判を浴びているが、今年始まるスタジアムの第2期拡張(約6,000席の追加)も含め、拡大施策は暫く続くのではないかと思われる。

2015/16 売上高上位10クラブのマッチデー収入(€m)

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出所)Deloitte Football Money League 2017

 

Ranking the Cost of Every Premier League Team's Season Ticket Prices for 2016/17

www.90min.com

出所)90Min.com

 

 

収益性については、EBITDAの絶対額、対売上比率の両方で、EPL上位クラブの中ではマンチェスター・ユナイテッドに次ぐ2位に付けている。選手の売却益が小さいので最終利益額は高くないが、サッカー事業の収益性としては、比較的高い水準にあると言える。また、選手獲得の費用は利益額の多さには直接的に縛られないから、絶対的な水準として少なすぎるということもない。

2015/16 プレミアリーグ主要6チームのEBITDAおよび対売上高EBITDA比率(金額単位:£m)

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出所)The Swiss Ramble

 

 

また、2015/16シーズンは、財務的には記念すべきシーズンであった。というのも、ADUGの買収以降初めて、オーナーからのいかなる資金注入もなかったからである。営業活動から安定してキャッシュを創出できるようになったことに加え、売るのが下手と言われながらも一定の売却額を確保したことで、シティはようやく、財務的に自立したクラブとなった。とはいえ、前述のように今年は£200mも費やしたから、オーナーからの増資を資金源の一部にしている可能性は高いが。

 

マンチェスター・シティキャッシュフローの推移(£m)

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出所)The Swiss Ramble

 

 

ちなみに、The Swiss Rambleのキャッシュフロー分析を見ると、各クラブの財務状況と、戦略上の優先順位がよく分かる。シティが買収された2009年以降、シティはキャッシュを全面的にオーナーに依存していた。使い先は、約6割が選手の補強、約3割弱がインフラ投資である。売上高を拡大し、ブランドを向上させ、育成組織を確立するために、まずはトッププレイヤーの獲得と、CFAに代表されるインフラの構築が必要だったということだ。

チェルシーも同様で、アブラモビッチによる買収以降、毎年彼からの増資、または貸付によってキャッシュを賄っている。対象的に、マンチェスター・ユナイテッドアーセナルは全て、営業活動から創出したキャッシュで充足している。リヴァプールはその中間にいて、営業キャッシュフローだけでは選手獲得等に不足が生じるため、銀行やFenway Sports Groupからの借入も受け続けている。

 

マンチェスター・シティアーセナルの資金源と使途の比較(2009年から2016年)(£m)

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出所)The Swiss Ramble

 

安全性、すなわち事業を安定的に行っていく上での余裕度は、シティが最も強力な分野である。自己資本比率はEPL上位クラブの中で最も高く、有利子負債(ここでは下表のBank Loans and Over Drafts)はない。といっても、めっちゃ金出してくれる上に、貸付でなく株式で入れてくれる素晴らしいオーナーがいるというだけの話だが。

オーナーのおかげでシティは金融機関からの借入を行う必要がなく、そのため利息支払も小さい。ただし、懸念があるとすれば偶発債務(Contingent Liabilities、現実にはまだ発生していないが、将来一定の条件が成立した場合に発生する債務)が£123mと大きいことで、これは移籍金と、選手への賞与支払についてボーナスを付けまくっているためだ。出場試合数や成績によって発動するボーナスを増やす代わりに通常の給与を抑えるという方針と、ここ3年ほどリーグで勝てていない幸運のために、シティの人件費は一旦落ち着いているが、もし3冠でもしてしまったらそれなりに大変なことになると思われる。一度に発動される可能性は低いとは言え、£123mはひと夏の移籍金支払額に相当する水準だからだ。

 

マンチェスター・シティの負債状況(£m)

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出所)The Swiss Ramble

 

 

 

 

Financial Fair Playとは何か

 

みんなちがって、みんないい。

 

いい詩ですね。FFPも然りである。みんな心のなかに、それぞれのFFPを育てている。きらめくときの中で。そして日々、茶番だとか、死んだとか、終わったとか言われている。大川隆法総裁が「スゥ・・・FFPです」と言い出す日も遠くないのではないか。

 

UEFAのFinancial Fair Play自体は、給与支払いの遅滞や税金の支払い等にも及ぶ巨大なルールの集まりだが、一般的にFFPと呼称されているものは、Break-Even規定のことを指す。毎年、直近3期分の損益を合計し、Break-evenに失敗していれば、すなわちマイナスになっていれば、FFPに抵触したと見なされ、罰則が課せられる。極端にざっくりと言えば。ただし、育成に関する費用等、特定の費用は計算から除外される。

 

そんなもともと特別なオンリーワンであるUEFAFFPは、巷でイメージされている“FFP”と結構違う。

Financial fair play: all you need to know

www.uefa.com

出所)UEFA

 

Financial Fair Play Explained

FFP Explained

出所)Financial Fair Play (Ed Thompson)

 

 

 

例えば、噂その1:“あるクラブに所属する選手が別のクラブから高額の移籍金で引き抜かれそうになった場合、FFPで訴えることで、移籍を阻止できる。”という説がある。

できない。”FFPで訴える”ということは難しい。Break-Even testは事後の裁きでしか無く、その時点で抵触しておらず、罰則(例えば一頃のシティのような、ネットの移籍金支払額上限とか)を受けていないクラブを止める力はない

 

噂その2:FFPでは、オーナーの関係会社からのスポンサーフィーという名目で資金を注入することは認められていない“

いる。というか、上の文章自体がP/LとB/SとC/Sがごっちゃになっている。

まず、資本注入、あるいは借入によって資金を得ることは、少なくともBreak-Even test上は問題ない。それができなかったら何のためのオーナーだろうか。一方で、単にオーナーが注入した資金を収入に数えることはできないから、費用に見合うだけの売上が立てられなければ当然損失が発生してしまうので、シティもPSGもエティハド航空エミレーツ航空からスポンサーシップを受けている。

 

また、オーナーないしオーナーの関連団体からのスポンサー収入も全てが除外されるわけではない。例えば、エティハド航空はシャツスポンサーとして年間£20mを支払う代わりに、ユニフォームの全面に「エティハド航空」のロゴを掲載させている。金額も、その扱われ方も、例えばエミレーツ航空アーセナルに対してするように航空会社が一般的にサッカークラブに対して行うスポンサーシップと大差がない。エティハド航空の創設者はシティのオーナーであるシェイク・マンスールの異母兄だが、エティハド航空のことがFFPのBreak-even testにおいて特に咎められたことがないのはそのためだと思われる。

 

噂その3:“シティがFFPの処罰対象にならないのは、ルールが緩和されたためである”

残念ながら関係ない。Break-Even testの緩和は、新たなオーナーによる新規投資の場合を対象にしており、シティには関係なかった。

 

噂その4:FFPは弱小クラブとビッグクラブの格差を解消するためにある”

ない。UEFAがわざわざ言い訳しているように、どっちかというと逆に働くルールである。

 

噂その5:ネイマールのような多額の移籍金を支払うと、必ずFFPに抵触する”

しない。さっきも言ったが収入とその他の費用次第である。

前提として、移籍金は当期に全て計上されない。というのは、移籍金とか契約解除金とかいうのは選手と契約する権利の取得費用であって、選手は無形固定資産としてB/Sに載り、契約期間に渡って償却されるからである。そして、P/LとC/Fは違う。移籍金の支払は一括だったり分割だったりするが、P/L上は前述のように契約期間に渡って按分され、費用として計上される。つまり、ネイマールの€200mだか€250mだかも、P/L上に載るのは€40mから50mに留まると思われる。

 

(ただしネイマールのケースについては、クラブ間の取引ではないので、一括してP/Lに計上されるのではないかという見方もある。ただし、この場合も、移籍金ではなく契約金解除金だからとか、支払が一括だからという理由で当期に全て計上されるのではない。)

Neymar's PSG Transfer and the Break-Even test

Neymar's PSG Transfer and the Break-Even test

出所)Financial Fair Play (Ed Thompson)

 

(また、PSGではなくQatar Tourism Authorityがネイマール本人に支払うことでPSGの帳簿上に計上されないという話があるが、疑わしいと思っている。PSGは明らかに無形固定資産としてのネイマールを取得しているのだし、QTAはPSGのスポンサーだし。)

 

Paris St. Germain Renews Qatar Tourism Authority Partnership With $197M Deal

www.sportsbusinessdaily.com

出所)Sports Business Daily

 

 

 

シティとFFP

話が逸れたが、本題は、シティがFFPに抵触するリスクについてだ。

直接的なリスクは、今期のような高額の移籍金支払によって損失が発生するケースだが、売上高、とくに放映権料収入の拡大によってカバーできる可能性は高い。2016/17から2018/19のプレミアリーグの放映権料は、その前の3年間に比べて単年で約£50m増加しており、£200mから250m分の移籍金支払いによって増加する費用をカバーできることになる。また、放映契約は更に増加する可能性が高い。2019年以降の契約、特に海外での放映は、高いもので14倍にもなるという話もあれば、中国での3年契約だけで$700mに達するという噂もある。

 

Premier League may earn 14-fold increase in TV rights money as new foreign broadcaster deals promise more cash

www.dailymail.co.uk

出所)Daily Mail

 

English Premier League sells Chinese TV rights for $700 million

www.cnbc.com

出所)CNBC

加えて、シティは今夏すでに約£70mの売却を決めており、まだナスリ、マンガラ、ボニー、デルフという大玉も残っている(大玉だから売れ残ってるんだけど)。彼らの売却益と、削減できる給与を考えれば、むしろ合計の費用としては昨季より抑えられるかも知れない。

 

 

ただ、この成長がどこまで継続するかについては、懐疑的な見方も生まれ始めている。

  • 上昇する放映権料をカバーするために、プレミアリーグの視聴料が上昇している。

Who is paying for the Premier League's bumper TV deal? Your local pub

www.theguardian.com

出所)The Guardian

 

  • EPLやNFLにおいて、局地的には視聴率の低下、視聴契約者数の減少が起こっている

ESPN Loses 621,000 Subscribers; Worst Month In Company History

www.outkickthecoverage.com

出所)Outkick the Coverage

 

Goodell on dip in ratings: We don't make excuses

www.nfl.com

出所)NFL.com

 

  • TwitterInstagramのようなSNS上でゴールハイライトだけ見て、1試合丸ごとは見ないというファンが、特に若い層で増えている

Modern technology is in danger of leaving the Premier League behind - football must fight back or viewers will keep turning off

www.telegraph.co.uk

出所)The Telegraph

 

  • 違法ストリーミングが蔓延している

'Even my 78-year-old father streams' – why football fans are switching off

www.theguardian.com

出所)The Guardian

 

 

一方で、視聴率の低下は一時的な要因によるものという反論もある。例えばマンチェスター・ユナイテッドがプレーするかしないかだけでも、CLの視聴率は変わってくる。サッカー界は20年位ずっと「放映権料バブル」と言われ続けているが、実際のところ、長期的には成長し続けている。

Is the unthinkable happening – are people finally switching the football off?

www.theguardian.com

出所)The Guardian

 

いずれにせよ、短期的にFFPのBreak-Even規約に抵触するリスクはさほど高くない。可能性があるとすれば、さらにムバッペ等の購入を積み増した上で、主要スポンサー、あるいはSkyやBTが倒産して支払が遅滞するとか、戦力外の高給取りがいずれも売却できないとか、CL出場権を逃すとかいったような、比較的極端なケースだと思われる。