ニワカと学ぶツールドフランス2016 vol.1

ロードレースである。意外と楽しいのよこれが。見てみると。しかし、初めて見る人には取っ付きづらいというのも確かであろう。まずもって何を競っているのかよく判らない。一番最初にゴールした人が勝ちだというのは良いとして、どうもチームでレースをしているようにも見える。アシストだとか何だとか。

それが故に、海外サッカーを日常的に見る人間は往々にして自転車ロードレースも見ることができる環境にも拘らず、両方見ている人間はあまり多くない気がする。感覚だから文句言われても困るが。

 

ということでここはひとつ、ニワカを脱しつつあるロードレース観戦者であるところの私が次のニワカのために、ツールドフランスの観戦用豆知識を一説ぶってしんぜよう。

 

ド基本のところはこの辺を見てもらうとして、レースを楽しむポイントとして重要なのが、「各チームのキャラクターと目的」である。ロードレースのコースはめちゃめちゃざっくり言えば「平地か、山か、アップダウンか」の3種類なのだが、山が得意な選手と平地が得意な選手でまるっきり体形から何から違うので、「どんなコースでも勝てる選手」というのは基本的には存在しない。さらに、ロードレースで勝つにはエースのために風除けや水のボトルを運ぶアシストの存在が不可欠だが、エースをサポートするためには、アシスト達も必然的にエースと似た体形体格能力(脚質という)であることが求められる。

 

かくして何が起こるか。各チームは目標に従って、限られた選手の枠(1チーム9人)をどんな脚質の選手に配分するか、決める必要があるのだ。総合優勝を狙うチームはスプリントで何ぼ勝てても何もメリットが無いため、スプリンターやそのアシストに人材を割く訳にはいかないし、逆にスプリントで出来るだけ多くのステージ優勝を狙うチームは、平地でさほど役に立たないクライマーを多数抱え込む余裕は無い。

また、エースの能力によって狙える目標は制限されざるを得ないから、各チームが抱く目標はそれぞれ異なる。平たく言えば弱いチームが総合優勝を狙うのは無謀で、どっかで1回勝てればいいな!という構成になるわけよ。

 

 

総合優勝狙い

21日間の総合タイムで優勝したい人たち。優勝するとマイヨ・ジョーヌという黄色いジャージがもらえる。ロードレース界では一番の名誉。“ファンタスティック4”と呼ばれる業界最強の4人がいるのだが、平たく言えばその4人がいる4チームがそのままこの枠。去年はスカイが勝ちました。

 

■Sky スカイ

「巨人」とか「ペイトリオッツ」とか、その辺りのチームと大体同じ立ち位置と考えて頂いて差支えない。高額予算、スター軍団、科学的なアプローチ。フィクションならどう転んでも悪役なのだが、これが2012,2013,2015と近年最強を誇るから現実は世知辛いところだ。今回もエースのフルーム以下、どっから見ても隙が無い嫌らしいロースター。アシスト陣も名があるレースの優勝者か、グランツールのトップ10経験者ばっかりで、今回も狙うは優勝。スポンサーは放送局のSKYで、イギリスのチーム。

http://media.gettyimages.com/photos/chris-froome-of-team-sky-alongside-sergio-henao-montoya-vasil-and-picture-id543941042

 

クリス・フルーム:オールラウンダー

昨年のツールドフランス総合優勝。総合系の選手としては驚異的に速いタイムトライアル、ライバルを一瞬でぶっ壊す山岳でのアタック力、何度引き離しても復活してくるリカバリーの速さと、どこをとっても弱点なしの嫌らしい男。強いて言えばよく転んで怪我するくらいか。今年も優勝候補筆頭。

 

ゲラント・トーマス:オールラウンダー

フルームのアシスト一番手。元々は平地系の選手だったが、近年急激に登れるようになり、今年はパリ~ニースで総合優勝。昨年までフルームの右腕だったリッチー・ポートが移籍してしまったため、重責を担う。つぶらな瞳が特徴。

 

ミケル・ランダ:クライマー

今年アスタナから移籍してきたバスク人。眉毛がすごい。アスタナではアシスト一番手としてジロ・ディタリアに出場したが、1歳下のファビオ・アルをエースとして扱うチーム方針にキレて移籍した。キレるだけあって、ジロ総合3位、ブエルタ1勝と実力は折り紙つき。とくに、山の登坂力は世界屈指。腹黒いのと平地が遅いのが欠点。

 

セルヒオ・エナオ:クライマー

高地育ちのコロンビア人。高地育ち過ぎて血液が常人のドーピング状態のため、何度か検査に引っ掛かって一時出場停止をくらっているめちゃめちゃ可哀想な人。カリフォルニア一周総合3位、ツール・ダウンアンダー総合3位など、有名レースでも上位の実力者。

 

ワウト・プールス:クライマー

ひょろっひょろ。昨年のツールでは、山岳で強力にフルームをアシストして評価を高めた。今年はリエージュ~バストーニュ~リエージュという世界5大ワンデーレースの1つを制し、スター選手の仲間入り。今回も山岳でフルームのアシストを担う。

 

ミケル・ニエベ:クライマー

バスク名物、ちっちゃくて登れるおっさん。バスクのおっさん界では多分世界一山が登れる。これまでグランツールでトップ10入りが5回、ジロでのステージ勝利が2回に山岳賞1回のいぶし銀。

 

ワシーリ・キリエンカ:TTスペシャリスト

平地だろうが山だろうが黙々と牽いてくれる、頼れる仕事人。笑うのがめっちゃ下手。アシスト界では相当の大物。タイムトライアルの現世界チャンピオンであり、これまでグランツールで計4勝、世界選手権TT部門で優勝1回と、アシストの枠に留まらないタイトルホルダーである。

 

イアン・スタナード:ルーラー

ルーク・ロウ:ルーラー

平地でのフルーム護衛を担うイギリス人コンビ。どちらも悪路に強く、春先のワンデーレースでは優勝候補に挙げられる水準の選手。ど根性が持ち味でフンガーフンガー言いながら牽くのがスタナード、比較的スマートな感じなのがロウ。

 

 

 

■Astana アスタナ

カザフスタン政府の支援で発足。ドーピングに引っ掛かるやつがちょくちょく出てきたり、出来が悪いとGMアレクサンドル・ヴィノクロフ大佐から怖いお手紙が届いたり、陰鬱な雰囲気を漂わせる正統派の旧ソ連チーム。

戦力的な中心はイタリア人で、ファンタスティック4の一角、ニバリを擁し、過去3年のグランツールで計3回優勝している。今回も目標は総合優勝なのだが、先月のジロでニバリが優勝したので、エースは若手のアル。アシスト陣は相当に強いのだが、アルが他の優勝候補にどの程度着いて行けるかが怪しいところ。

 

 

ファビオ・アル:クライマー

花の90年世代の1人。昨年ジロで総合2位、ブエルタで総合優勝し、大物の仲間入り。今年はエースとしてツールに初挑戦だが、前哨戦では調子最悪。ニバリのご機嫌を伺いつつ、他の優勝候補に対抗していくという複雑なタスクを受け止めきれるか26歳。苦しいときは口がカマボコ型になる。

 

ヴィンチェンツォ・ニバリ:オールラウンダー

グランツール全てを制覇している、ファンタスティック4の一角。2014年のツール王者。割と陰険で、相手のピンチにつけ込むアタックが得意。審判やらチームメイトやらにすぐネチネチと文句をつけるが、プライベートでは静かでいい人らしい。今回はアルのアシストだが、果たしてどこまでその関係が持つやら、アルの強さが試されている。主に胃の。

 

ヤコブ・フールサン:オールラウンダー

またの名をフグルサング。文句を言いつつニバリを支えてきた有力アシスト。エースとして走っても総合10位程度に入る力はあるので、今回も2人を全般的に助ける役目だと思われる。

 

タネル・カンゲルト:クライマー

エストニア人。地味だが相当登れて、本人も本人もグランツールで15位から10位程度に入る力はある。スカイのスター陣に比べるとちょっと見劣りするけど。

 

ルイス・レオン・サンチェス:パンチャー/ルーラー

レアルマドリーモウリーニョに干されていたペドロ・レオン、あのヘタフェとかにいたレオンのお兄ちゃん。山もそこそこ登れるし、スペイン人としてはTTも速いが、最大の特徴は業界屈指のダウンヒル。エースより先行して山頂で待っといて、合流してからの下り坂先導、とか飛び道具的な使い方ができて便利。

 

ディエゴ・ローザ:クライマー

ニバリ班(スカルポーニ、ティラロンゴら)の勢力が強いアスタナで、数少ないアルのお伴。モンテディオにいたブラジル人ではない。本人もミラノ~トリノ優勝とか、イル・ロンバルディア(世界5大ワンデーの1つ)で5位とか、そこそこのレースで実績を残している。アルの胃のために奮闘が期待される。

 

パオロ・ティラロンゴ:クライマー

御年39歳、長年コンタドールやニバリといったチャンピオンに使えてきた名アシスト。めっちゃ小さい。体重50kg台と軽過ぎて平地では役に立たないが、山では頼りになるオッサン。ジロ通算ステージ3勝。

 

 

 

■Movistar モビスター

1980年から続くスペインの名門(自転車界では相当長い方)。キンタナ、バルベルデという2大スターを抱えてUCIチームランキングでは3年連続1位の有力チームだが、ツールでは毎回いいところでポカをこく。

去年最もスカイを苦しめたチームであり、今年こそはキンタナで優勝を狙う、と言いたいところだが、やはりスカイと比べると戦力では劣ると言わざるを得まい。エースのキンタナがフルームを相当圧倒できないと厳しい。関係無いけど、バルサのルイスエンリケがめっちゃファン。

 

ナイロ・キンタナ:クライマー

総合系で世界最強と目される4人、“ファンタスティック4”の一角。もちろんフルームも入ってる。クライマー揃いのコロンビア人の中でも最強の登坂力を誇るが、前述の4人の中ではちょっとTTが苦手なのが惜しいところ。別に遅くは無いのだが。ウルルン滞在記に出てきそうな顔が特徴。

 

アレハンドロ・バルベルデ:オールラウンダー

総合系の格としては、ファンタスティック4から一つ下くらいの選手。ブエルタで総合優勝1回、3つのグランツール全てで3位以内を経験。ワンデーレースにも強く、フレーシュ・ワロンヌ4回、リエージュ何ちゃら3回、世界選手権で2位が2回に3位が4回と、とにかくどんなレースだろうが上位に入り続ける鉄人。スポンサーにとってこれほどありがたい選手はいまい。

大物の割に、姑息な手をこれでもかと使ってくることでも有名。今回はキンタナのアシストに専念するということだが、本当に大丈夫だろうか。世界12億6,000万人のバルベルデさんファンの注目が集まる。

 

ダニエル・モレーノ:パンチャー

長い山もある程度こなせるが、急坂でスプリントする方が得意。2013年にフレーシュ・ワロンヌという格の高いワンデーレースで優勝。長年カチューシャでホアキン・ロドリゲスの右腕として働いていたが、喧嘩して今年移籍。バルベルデさんの子分に。

 

ウィナー・アナコナ:クライマー

仮面ライダー俳優っぽいイケメン。名前は人生の勝者になってほしくてお父さんが付けたらしい。ブエルタでステージ勝利1回の実力者。コロンビア人なのでもちろん山岳アシスト。

 

ヨン・イサギーレ&ゴルカ・イサギーレ:ルーラー

バスク人の兄弟。ゴルカが兄でヨンが弟。ヨンの方がどっちかと言うと大物で、スイス1周、バスク1周、ロマンディなど1週間くらいのレースにめちゃめちゃ強い。そこそこ登れる上、TTも強いので、平地中心に全般的にキンタナをアシストすると思われる。兄は地味。

 

ネウソン・オリヴェイラ:TTスペシャリスト

ポルトガルTT王者。毎年平地で遅れるのがモビスターの悪い癖なので、そこのところをカバーすることが期待される。

 

イマノル・エルビティ:ルーラー

スペイン人と言うのは大体「北のクラシック」(春先にベルギーでやってる、悪天候の中悪路を延々と走る系のワンデー)が嫌いなのだが、スペイン人としてはほとんど唯一、そっち系が大好きな変態。今年は春先の活躍で日本の視聴者に強烈な印象を残した。主に平地の風除け担当。

 

 

 

■Tinkoff ティンコフ

ロシアのザンパリーニこと怒れる男、ティンコフさんがオーナー。ティンコフさんが自転車連盟にキレて今年限りのチーム解散が決まってしまったため、有終の美を飾りたいが、コンタドールサガンという2大スターを抱えながらもアシスト陣は不安。特に山を登れるアシストが少ないのが気になる。去年はキレてTVを壊したティンコフさんが今年は何を壊すのか注目。

http://media.gettyimages.com/photos/alberto-contador-of-spain-alongside-peter-sagan-of-slovakia-and-team-picture-id543941286

 

アルベルト・コンタドール:オールラウンダー

グランツール優勝計7回、自転車界を代表するスーパースター。ランス・アームストロングにいじめられたり、脳血腫で死にそうになったりの苦労人。山もTTも強いが、最近はフルームに押され気味。あんまり頼りにならないアシスト陣を背負って、悲壮な挑戦が始まる。

 

ペテル・サガン:スプリンター/パンチャー

現世界チャンピオン。1人だけ白に5色の線が入ったジャージで、後ろ髪が長い男。

本格的な山以外は何でもできる怪物。余りにも強すぎて面倒事を全て押しつけられ、結局勝利を逃がすパターンが多く、去年のツールはサガンの負けっぷりを楽しむ大会になっていた節もある。誰がどう見ても一番強いのはサガンなのにねえ、みたいな。

ツールでは4年連続ポイント賞。スプリンターとしては異様に山が登れてタフなため、ポイント賞は現行のルールが続く限りサガンの独走だという噂も。最高に強くてイケメンなのに、息子3兄弟を抱えた母親がごとく雑事をこなす姿がかわいい。

 

ロマン・クロイツィゲル

グランツールの総合トップ10が4回。コンタドールの悲哀を傍で支える涙のアシスト。去年までバッソとロジャーズという頼れる大ベテランがいたのだが、2人とも病気で引退。泣ける。

 

ラファウ・マイカ:クライマー

2014年のツール山岳賞、去年はブエルタ3位。相当に格が高いクライマー。クロイツィゲルが過労で倒れるかどうか、マイカの双肩にかかっている感も。

 

ロベルト・キシェルロヴスキ:クライマー

またの名をキセルロウスキー。2010年、2014年とジロ総合10位に入った実力者だが、最近はさっぱり。今年も、頼りになるかと言われれば多分ならない。

 

マッテオ・トザット:ルーラー

マチェイ・ボドナル:TTスペシャリスト

オスカル・ガット:スプリンター

平地担当トリオ。御年42歳の大ベテランというか、ほとんどジジイのトザット、国内TT選手権4回優勝のボドナル、サガンの発射台も兼ねるガット。3人とも経験豊富な実力者だが、他の優勝候補と比べると一歩型落ち感があるような。